京都 東寺のライトアップ2020

 東寺の五重塔がライトアップされています。高さ55mと、現存する日本の古塔の中では一番高い塔が、夜空に延び、影は池面に突き刺さっていました。
 カメラに三脚をもって、車で出かけました。ダウンジャケットを着てきましたが、それほど寒くはありませんでした。

 紅葉の向こうに九輪が突き抜けています。

 瓢箪池に反射します。

 この夜は、月はほとんど雲間でした。

 新たにゲットしたfish-eye(魚眼)レンズを試したかったのですが、出番はありませんでした。

 金堂の薬師如来が見えています。

 画像の部分を拡大しました。

 講堂越しに振り返りました。
 小学生のころ、この辺りのお堂を写生したことがあります。ふいに思いだしました。

 京都タワーも輝いていました。

 拝観券は友人にいただきました。昼の光明寺に次いで無料ご招待です。格安タイヤに格安レンズと続き、年金生活者には誠にありがたいことです。

 東寺 真言宗総本山 教王護国寺
 075-662-0173
 京都市南区九条町1

太閤道を若山まで 山パスタを食べに登る

 おじいさんは山へ柴刈りに出かけました。
 そんな感じの裏山ともいうべき太閤道を若山まで登りました。
 昼飯は、メスティンでナポリタン風のパスタをつくり、のんびりといただきました。「プシュ―」と恒例の儀式も行いました。
 目の下には水無瀬のわがマンションや駐車場のマイカーまでが見えていました。

 太閤道は、高槻市の磐手橋から島本町の若山神社まで5キロほどあります。
 羽柴秀吉が本能寺の変を知って、水攻めの備中・高松城から「中国大返し」で戻ってきて、天下分け目の陣を山崎で張ったときに通った道といわれます。
 何度も歩いてますが、きょうは初めてのルートから登りました。

 見晴らし台からは、淀川の向こうに霞んだ大阪市内のビル群や、あべのハルカスも見えていました。

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京都・周山 ウッディー京北の「京北のおばんざい定食」

 京都・京北の滝又の滝の秋を楽しんだあとは、周山にある「道の駅 ウッディー京北」のお食事処で昼飯にしました。ちょっと混んでましが、手際よく屋外のデッキのテーブルを用意してくれました。
 「京北のおばんざい定食」(1080円)です。メニューのトップにあったので、すぐに決まりました。
 メーンは鯖煮です。柔らかく煮てあります。甘いです。ご飯がすすみました。

 奥さまが頼んだのは「京北うどん」です。ごぼうのキンピラが載っています。素敵な取り合わせだったようで、「家でもやってみる!」とか。

 みやげに鯖寿司を買って帰り、夕食でいただきました。
 他にも真っ赤なタカノツメや、ちょっと変わった野菜なんかをゲットしました。

 美山牛乳などを使ったプリンやシュークリームが並びます。

 シュークリームがおいしそうだったのでデザートにテークアウェーして、車ですぐにかぶりつきました。
 柔らかい皮にトロ―リとしたクリームと、懐かしい味でした。

 道の駅 ウッディー京北
 075-852-1700
 京都市右京区京北周山町上寺田1-1

 帰り道は、魚ヶ渕吊り橋を見に行きました。桜もきれいでしたが、紅葉はと期待しました。
 「京都人の密かな愉しみ」の「逢瀬の桜」のロケ地となったところで、コロナが気になりだした春にもやって来ています

 だれもいない静かなつり橋です。

 大きな枝垂れ桜は、座残念ながら坊主になっていました。

 魚ヶ渕吊り橋は「京北十景」の1つです。
 京都市右京区京北周山町山キハ22

京都人の密かな愉しみ その11 「柳の水」を飲む

 きょうも気持ちの良い天気でした。ふらりと京都に出かけました。
 吉川英治の「新・平家物語」に登場する名水「柳の水」を探しました。「京都人~」では、夏の味覚編でNHK京都放送局勤務当時の井上あさひアナウンサーが訪ねています。
 阪急・烏丸から北に歩き六角通で左折、3本目が西洞院です。ここを右折したところに「馬場染工業」と看板のかかったビルがあります。通りに面して「柳の水」の表示があり、蛇口から名水が流れ出ています。ビルの内部に入れてもらうと、その井戸があります。
 「柳の水は、地下約90メートルまで掘られており、一度も枯れることなく今もなお染色や飲料水用として利用されています」と、いただいたパンフレットに書かれています。

 観光客にも優しい心配りです。

 蛇口をひねると、冷たい水が出てきます。ひと口、いただきました。爽やかな水です。

 この絵を見て、ピーンときました。「崇徳院と水守だ!」と。

 帰宅後に「新・平家物語」を調べました。
 崇徳上皇の水番から町医者となった阿倍麻鳥(架空の人物)は、源平の盛衰を描く物語を通じて登場します。崇徳院を慕って讃岐にも行きます。長い物語は、年老いた麻鳥が「もともと、わしは、柳の水の水守でもして、一生をおわろうとしたものを…」と、永年連れ添った蓬子に語りかけるシーンで終わります。

 この辺りには平安時代には崇徳上皇の仙洞御所があり、室町時代には茶道の祖・村田珠光が住み、茶人・千利休が「柳の水」を茶の湯に使いました。江戸時代には、織田信長の二男・信雄の屋敷となり、後に肥後加藤家(加藤清正)、紀州徳川家の京屋敷となったそうです。

 「京の黒染屋 馬場染工業」は、1870(明治3)年の創業です。
 
 京都市中京区西洞院通三条下ル柳水町75
 075-221-4759 

 「柳水町」と書かれた古い住居表示がありました。

 この後、西洞院から三条を東に東に歩きました。

 途中、昼飯を食べて祇園まで歩きました。八坂神社の境内にある祇園神水です。
 「京都人~」では、オムニバスドラマ「真名井の女」で、井戸掘り会社(八神鑿泉工業)の跡取りが、会社の女性事務員に入れて貰ったお茶の水を、「祇園神水では」といいます。 

 八坂神社は観光客の姿は少なく、これまでになくガラーンとしていました。

京都人の密かな愉しみ その10 鴨川沿いを歩く~3つの名水

 久しぶりに京都の町を歩きました。阪急で河原町までやって来たのは、半年ぶりです。
 とりたててアテはなく、「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BSで2015年から17年まで不定期に5作が放送されたテレビドラマ・ドキュメンタリー番組)のロケ地を鴨川に沿って思いつくままに巡りました。
 さて、この気持ちよさそうなベンチは、どんなシーンだったでしょうか?

 京都は、盆地の下を豊かな伏流水が北から南へと流れています。ドラマでもあちこちの名水(神水)が紹介されました。
 阪急・河原町から歩き始めて、ほとんど観光客がいない朝の新京極を上ります。すぐの右手にあるのが錦天満宮です。この境内の「錦の水」が番組でも紹介されました。ただし老舗和菓子屋の若女将、沢藤三八子(常盤貴子)は登場しません。 

 「銅駝(どうだ)の水」です。夷川を河原町から東に入った銅駝会館の前にその蛇口はあります。
 名水に登録されているわけではない防火用水です。それでもおいしいと汲みに来るファンが絶えないそうです。
 番組でも、「珈琲夢譚」のマスターが自転車で水を汲みに来るシーンで登場します。

 「染井の水」は日本3名水(醒ヶ井、県井、染井)のひとつです。御所の東に接する梨木神社にあります。
 番組では洛志社大学のエドワード・ヒースロー教授(団時朗)が、「この水で割る日本のシングルモルトは最高だ」とうなります。

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京都 梅宮大社のハナショウブとアジサイ

 巣ごもりもちょっと緩和気分で、2カ月ぶりに、京都へ車を走らせました。30度を超える真夏日でした。
 右京・梅津にある梅宮大社の神苑には、涼しげにハナショウブが咲いていました。とはいえ、観光客はゼロ。大きなカメラを持ったご同類一人とすれ違っただけです。

 広い池に蓮がポツリ、ポツリを開いています。

 アジサイも見事です。

 この日照りに耐えているようです。

 熟した梅が、いくつも転がっていました。

 日陰の休憩所で弁当を開けました。まだ外食する勇気はなく、水無瀬の自宅近くにある「昼呑ごは鮮酔丸」で持ち帰り弁当を買ってきました。
 メーンの鯖の竜田揚げのほかに、肉やサラダと盛りだくさんです。ご飯は、まだ温かでした。

 パリッと揚がった鯖です。塩加減も結構です。

 昼呑ごはん鮮酔丸
 075-778-1972
 大阪府三島郡島本町江川2-11-16 葵ビル1階

 社務所では、「番ネコ」が職場放棄ですやすやしてます。

 梅宮大社
 075-861-2730
 京都市右京区梅津フケノ川町30

 四条通の西の端から少し北に入ったところにあります。四条通が、いつになく空いていたので東に向けて走りました。渋滞もなく、烏丸を越え、河原町を越え。祇園に入ってもガラガラです。石段下の通りが、これほど空いていたのは、初めての経験です。
 

 祇園から東山通を北上して宝ヶ池までやって来ました。さすがに喉も乾いて、あそこなら大丈夫だろうと国立国際会議場近くのカフェ「ドルフ」に入りました。
 ゆったりとした店内では、何組かがゆっくりとした時間を楽しんでいました。
 大きな窓からの景色が素敵です。

 「キウイのヨーグルトジュビリー」です。さっぱりとしたヨーグルトが、冷たいアイスクリームの甘さを抑えていていました。
 こんなあたりまえの毎日が、早く平常になってほしいものです。

 ドルフ
 075-722-2367
 京都市左京区岩倉東五田町4

京都人の密かな愉しみ その9 雲龍院の走り大黒さん

 京都・東山にある泉涌寺の塔頭、雲龍院まで歩きました。
 「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)ではオムニバスドラマ「わたしの大黒さん」で走り大黒天が登場しました。
 インバウンドが急減して、京都の町も静けさを取り戻したといわれます。ならば今こそと訪れました。
 「蓮華の間」に独り座ると、4つの雪見障子の四角いガラス窓から、4つの色紙の風景がのぞけました。椿、灯篭、紅葉、松。残念ながら色彩が乏しいシーズンでしたが、その光の取り込み方に感心させられました。

 「書院悟之間」の「悟りの窓」です。梅がすでに花を落としています。訪れるときによって、違った風景が見れるそうです。

 後小松天皇を描いた軸(写真撮影禁止)がかかる床の間の反対側には、四角い窓が開いています。

 「月窓の間」には、床の間の壁が月の形に開いています。そこから入り込んだ光線が、壁に三日月を描きます。

 四角い窓がならぶ障子です。

 水琴窟があります。ポツリ、ポツリと水がしたたり落ちます。

 縁側に腰かけて、竹筒の先に耳を近づけると、澄んだ音色が響きます。

 徳川慶喜が寄進した灯篭です。

 走り大黒天は、台所にあります。目の前で拝みましたが、撮影は禁止です。

 絵葉書の画像と朱印です。
 俵の上に乗った大黒さまとは違って、今にも走りだしそうな左足を踏み出しています。

 庭の河津桜は満開になっています。

 泉涌寺派別格本山 雲龍院
 京都市東山区泉涌寺山内町36
 075-541-3916 

 京都一周トレイルの東山コースが、ここを通過しています。何度もここまでは来たことがあります。

 広い泉涌寺には、人影がありません。

 JR京都から歩き始め、雲龍院を拝観。東山通り北上して東山三条のマルシン飯店で昼食。さらに東山丸太町まで歩いて左折、寺町を阪急河原町まで歩きました。
 9.84キロ、17000歩の「歩いて昼飯」でした。

歩いて昼飯:歩 静かな京都~嵐電を歩く

 「歩いて昼飯」というカテゴリーをつくりました。文字通り、歩いて昼飯を食べに行った記録です。
 アスレチック・ジムのベルトの上を汗をかきかき歩いているのもいいですが、同じ歩くなら外に出ようというわけです。10キロほどは歩いて、おいしい昼飯もいただく計画です。
 その1は、京都・衣笠にある音楽喫茶「ムジーク」でクラシックを聴きながらランチをと、歩行距離を考えて阪急・嵐山からスタートしました。
 いざ、歩き始めると、ずっと横を走る嵐電(京福電鉄)のことばかりが気になって、いつの間にか「鉄ちゃんになる」になってました。
 嵐山本線と北野線が分岐する「帷子ノ辻」です。難読駅名です。嵐電で最もポピュラーなモボ611、621型ですが、3両が並びました。左端は本線を四条大宮に向けて発車したところです。右の2両は、北野線の白梅町行きです。 

 「嵐電嵐山」です。いつも観光客で大混雑しています。それが、ホームの向こうの足湯まで、人影がありません。
 ヒマそうにしていた人力車のニイちゃんは「2月はこんなもんです」と話してましたが、それにしてもチャイニーズはもとより、日本人もいません。「人影が消えたというニュースで、かえって見に来る人もいますよ」。はい、わたしがそれです。

 「車折神社」です。鳥居の前を通りぬける嵐電を、園児が見送ります。わたしの孫を見ているようです。

 「鳴滝」を過ぎると、桜並木の下を走ります。まだ開花には早いです。

 駅名は「〇〇」と括りましたが、読めますか?

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京都人の密かな愉しみ その8 市比賣神社の名水「天之真名井」

 洛陽の七名水のひとつ、「天之真名井(あめのまない)」です。河原町五条を下がった一筋目を西にはいった市比賣(いちひめ)神社の境内にあります。
 「京都人の密かな愉しみ 夏」の挿入ドラマ「真名井の女」で、主人公の井戸掘りの青年を守るのが天之真名井の化身であり、その水です。
 美しい青竹から流れ落ちます。 

 神宝の天目椀「天之八塩(あめのやしお)」で汲み出された「若水(わかみず)」が、歴代天皇の産湯に用いられたという伝承が残っています。

 井戸の上には、姫みくじが並んでいます。

 絵馬を掛け、「天之真名井」のご神水を飲んで手を合わせると、心よりの願い事が一つだけ叶うと伝えられています。

 梅がつぼみを膨らませています。

 女人厄除けの神社で、この時も十数人が呼び込まれて祈祷を受けていました。

 市比賣神社
 075-361-2775
 京都市下京区河原町通五条下ル一筋目西入ル

 河原町をクルマで走るときは、いつも目にしてましたが、やって来たのは初めてです。

 このブログ内の「京都人の密かな愉しみ

今宮神社 黄葉と紅葉と

 京都の今宮神社を訪ねました。
 門前の黄葉が見事です。瓦土塀の向こうは大徳寺です。境内の竹やぶの緑とコントラストを描きます。
 今宮神社の境内は、ちょっと遅い紅葉です。それでも赤いです。

 大徳寺の瓦土塀は、昭和40年代に寺の修行僧が築いたそうです。
 

 黄色と赤のコントラストです。

 今宮神社に参るのも久しぶりです。
 奥さまは、このすぐ近くに住んでました。

 こちらは紅葉です。でもシーズンもお終いです。

 この方のおかげで、「玉の輿(たまのこし)神社」として知られるようになりました。
 西陣の八百屋に生まれた「お玉」が徳川3代将軍家光の側室となり、5代将軍綱吉の生母、桂昌院となったことが「玉の輿」のいわれだそうです。桂昌院は産土の社である今宮神社の再興にも力を尽くしたそうです。

 今宮神社の社地には平安建都以前より疫神(えきしん)を祀る社があったといわれます。長保3年(1001)に設けられた神殿三宇とともに今宮社と名づけられたのが起源だそうです。

 今宮神社
 京都市北区紫野今宮町21
 075-491-0082

 門前通の風景です。
 赤い大鳥居は、2年前の台風の被害を受けて、撤去されていました。再建を祈ります。

 角の店は、知らない人は通り過ぎる喫茶店です。「営業中」でした。奥さまが中学生だったころからあったそうです。

 40年ほども前に、ここで解体されていたグランドピアノの天板を見て、テーブルにしようかと夢想したこともありました。