my camino=37日目 新しい肩書は「リタイアード」 

 なんて書けばいいのだろうか?と、一瞬、自問しました。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した朝は、大聖堂を横目にまずは巡礼者事務所へ向かいました。コンポステーラ(巡礼証明書)をいただくためでした。その日の午前中に、ここでコンポステーラを受け取った人は、正午から大聖堂で行われる巡礼者のためのミサでその出身国と出発地が読み上げられるのです。そのため朝から大勢のペルグリーノが事務所に詰めかけ、長い列ができていました。
 1時間半ほど待って、やっとわたしの順番が回ってきました。出発地のサンジャン・ピエ・ド・ポーから宿泊したアルベルゲや休憩したバル、町の教会などのスタンプが押されたクレデンシャル(巡礼証明書)を差し出しました。記入するように求められたノートには、出身国、名前、年齢、巡礼の目的などの項目が並んでました。そして「職業」も。
 わたしは60歳で新聞社を定年退職し、その後の6年は関連会社の役員をしていました。その後は職には就いていませんでした。日本人の感覚からすると、「無職」というのが、妥当なところなんでしょう。仮にわたしが新聞で取り上げられるような犯罪でも犯したら、わたしのいた新聞も「67歳の無職男」と表現したでしょう。
 で、その無職はどう書けばいいのかと、渡されたノートの前の方を見ると、「retired」という表記が何か所にもありました。ああ、これなんだと、ストーンと納得しました。わたしもはっきりと「retired」と書き込みました。
 リタイアード。強いて訳せば、「引退した人」とでもなるのでしょうか。いや、リタイアードでいいじゃないですか。少なくとも失業保険の給付対象となる自らの意思に反して職を失った無職ではありません。もう十分に勤め上げたうえでの「卒業」なんだという自己主張も含まれています。わたしの気持ちにぴったりとくる表現でした。
 サンティアゴ巡礼のゴールの日、わたしはこれから生きていくうえでの新しい肩書をいただいた思いでした。もっと思慮深い境地にでも達することができるのかと期待していた面もありましたが、実際のところはこれが、わたしの30数日の巡礼に対する贈り物だった気がします。