反田恭平のザルツブルク音楽祭デビュー ネットラジオで聴く

 行きたかった! 生で聴きたかった!!
 ピアニストの反田恭平がザルツブルク音楽祭デビューを果たしました。
 ザルツブルクはちょっと遠く、その画像配信も見ることができませんでした。でも、ラジオから流れるでる反田くんのピアノに圧倒されました。

 ネット中継もあるとの情報でした。ノートパソコンをスピーカーの上にセット。テレビを経由して真空管アンプーTANNOYのスピーカーと楽しむはずでした。昼前のテストでは、中継までのカウント・ダウンも表示されました。
 その時間が近づくと、「あなたの国では見ることができません」という非情なお知らせ。あわててORF(オーストリア放送)のラジオ放送に移って音声だけですが生配信を聴くことができました。 

 モーツァルトのピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」です。
 素晴らしい演奏でした。「ウチのスピーカーって、こんなピアノの音が出るんだ」と妙に感心させられました。
 ザルツブルクのモーツァルテウム大ホールでの演奏です。圧倒的な響きでした。また新しい反田くんがいました。
 アンコールは、「トルコ行進曲」でした。何度も聴いてますが、聴く度に新鮮な調べでした。

 レコーダーをセットして空気録音してみました。戴冠式の3楽章のフィナーレです。

My memory トラムは素敵 インスブルックも真っ赤っか!


 
 アルプスの雪山に囲まれたインスブルックの町にも、真っ赤なトラムが走っていました。
 わたしが乗ったトラムを巡ってきた旅も最終回です。 
 ヨーロッパの町には赤がよく映えます。ウィーン、プラハ、エアフルト、ベルン。この「トラムは素敵」に登場した16回のうち、3分の1が赤かったです。

アルプスの山に取り囲まれたインスブルック

インスブルック マルクトハレは真っ赤っか

 雪に閉ざされた世界は、当然ながら色がありません。なおさらに赤への思いを深くしたのでしょうか。

インスブルック 雪のハーフェレカーへ

インスブルック 雪に咲くエーデルワイス

 黄金の屋根は、黄金に輝いていました。

雨のインスブルック 黄金の小屋根の響き

 My memoryのパート3は、「カフェ&レストラン」としてわたしの旅の食の思い出をたどります。まずはウィーンのカフェ巡りから。

 

京都・桂 中村軒のすだち氷と麦代餅

 きょうも暑い一日です。お盆休みで帰省している孫たちと中村軒に出かけました。好物のかき氷が食べたかったのです。
 季節限定、8月頃はすだち氷でした。白みつとすだち果汁を使った爽やかに甘いシロップがかかっています。
 氷は、昔風のシャリシャリ感が残っていますが、舌にのせるとおいしく溶け去ります。
 左は、息子が頼んだ宇治ミルクです。2年前にわたしも食べています。

 女性陣は名物の麦代餅(むぎてもち)です。大きなつきたての餅に餡が挟まっています。

 孫はわらび餅をペロリでした。

 右手の緑は桂離宮です。

 これまでの中村軒

 御菓子司 中村軒
 075-381-2650
 京都市西京区桂浅原町61

My memory トラムは素敵 ウィーンには赤いトラムが似合う

 「ウィーン わが夢のまち」です。5回も訪れました。音楽を聴き、カフェを巡り、トラムに乗りました。
 ウィーンではシュトラーセン・バーン(路面電車)と呼ぶ赤いトラムがよく似合います。リンク(環状道路)を一周し、放射状に延びてます。

ウィーン 真っ赤なトラムの心憎い配慮

ウィーンの町をトラムは走る

 交通博物館にも行きました。19世紀後半の公共交通手段としての馬車から、歴史的なバスやトラムが展示されていました。

トラムって素敵 ウィーン交通博物館

 2004年に初めて訪れたウィーンです。「Ring-Kai-Ring」との行き先表示があるリンクを周回するトラムが走っていました。これにさえ乗っていれば安心でした。

ウィーン 初めてのトラム Ring-Kai-Ring

 雪のウィーンにも、真っ赤なトラムが映えました。

雪のウィーン点描 リンクあたり

My memory トラムは素敵 ベルリンの雨宿り

 ベルリンといえばフィルハーモニーです。ヤンソンスを、ラトルを、サラ=オットを聴きにと、3度も訪れました。
 雨が降りました。シュプレー川の遊覧船日和でもなかった日には、トラムに乗って雨宿りをしました。行き先はわからないままに乗って、終点から戻ってきました。
 旧東ドイツ地区には、多くの路線が残っていました。

ベルリンでは トラムに乗って雨宿り

 起点となったハッケシェ・ヘーフェです。おしゃれなショップやカフェ、ギャラリーなどが並んでいました。無印やUNIQLOも。

ベルリン ハッケシェ・ヘーフェの甘いビール

わたしのみやげ アンペルマンの毛糸帽子

 雨を避けてベルリン大聖堂に入ってみると、結婚式でした。大きなパイプオルガンが、メンデルスゾーンの結婚行進曲を奏でました。

ベルリン大聖堂 結婚式に「列席」

My memory トラムは素敵 アムステルダムのガントレット

 ガントレット(単複線)は、複線にできない狭い土地に両線路の一方が互いに跨っています。
 向こうからトラムがやって来ます。わたしが乗ったトラムは、通り過ぎるのを待ちます。2枚目の画像では、わたしのトラムが先に進みます。双方のレールにポイントはありません。
 アムステルダムにはそのガントレットがいくつもありました。その度に運転手の後ろでカメラを構えていました。

アムステルダム ガントレットを走る

 運河の町です。運河巡りも楽しみましたが、移動はトラムです。アムステルダム中央駅からトラムに乗車しました。泊まったホテルやアムステルダム・コンセルトヘボウ、レンブラントの「夜警」やフェルメールが展示されている国立美術館などがあるミュージアム地区まではトラム5番で一本でした。

アムステルダム 運河の町にもトラムは走る

 2度目に訪れたアムステルダムです。コンセルトヘボウの前をトラムが横切ります。中央駅から勝手知ったるトラム5番に乗ろうとしましたが⋯。

アムステルダムを散歩する

アムステルダム 朝の散歩

My memory トラムは素敵 ライプツィヒ、記憶の風景

 ライプツィヒの中心街、アウグストゥス広場をトラムが横切ります。向こうはライプツィヒ歌劇場です。
 Bachfest2012を聴きにやって来ました。2度目でした。コンサートを聴いたゲヴァントハウス(織物会館)の階上から正面を撮影しました。

 初めてのヨーロッパの1泊目はライプツィヒのホテルでした。時差のかげんで早くに目が覚めて、ひとりで聖トーマス教会まで散歩しました。ゲヴァントハウスを見上げて、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の調べが聴きたかったのです。

 聖トーマス教会のバッハ像です。30年も前の若いころです。

ライプツィヒ 環状道路を走るトラムに乗る

 トラムが周回する環状道路は、1990年の東西ドイツ統一につながった月曜デモの舞台でもありました。

ライプツィヒ 聖ニコライ教会とシュタージ

 みやげには聖トーマス教会のすぐ横にある模型店でグリーンのトラム(グラーツの市電)を買いました。ポルトの28番線のブリキ細工とともに、わたしの宝物です。

 ネットを検索してみると、Herrmann Modellbahnen(画像はHPより)は今も健在でした。このショーウィンドーをのぞき込んだのです。

トラムは素敵 おみやげはグラーツのシュトラーセン・バーン

My memory トラムは素敵 ゲントからモスクワ行き

 ベルギーの美しい古都、ゲント(ヘント)で運河巡りをしました。向こうの橋を渡るトラムを指さして、ガイドの女性が「1ユーロちょっとでモスクワまで行けます」と教えてくれました。
 トラムの行き先表示は確かに「MOSCOU」でした。19世紀のはじめにロシア軍が駐留したことからそう呼ばれる地区があるようです。

石畳の上、ゲントのトラムは走る

 どちらを向いても絵になる町でした。マクドナルドの窓からも、通り過ぎるトラムと聖バーフ大聖堂が見えました。

ゲント 眺望随一のマクドナルド

古都・ゲントの町で運河巡り

京都・錦 「有次」で三代目包丁を買う

 京都・錦小路の包丁・料理道具の店「有次(ありつぐ)」で包丁を買いました。
 使い続けてきた包丁が、ちょっとした不注意から大きな刃こぼれを起こしてしまいました。研ぎ直してもらうことも可能ですが、かなり小さくなります。毎日の食事に欠かせない道具です。値上がりしているのは覚悟の上でした。
 わが家の包丁は、有次ばかりです。初代は、結婚を機に母が買ってくれました。二代目は、わたしが料理教室に通うようになった25年ほど前に購入しました。そして三代目となりました。

 最近は刃物の鋼(はがね)を錆びないステンレスで覆っているのが人気だそうです。でも、これまでと同じ鋼の三徳包丁を選びました。なんと3万円オーバーでした。

 見ているだけで楽しくなる料理道具が並びます。「あくすくい」も買ってしまいました。

 野菜を型抜きする道具です。わが家にも正月料理の煮しめ用にニンジンをカットする梅型があります。

 カウンターの向こうで刃を研いています。
 買った包丁に名前を刻み込んでくれるサービスもありました。でも終了となってました。

 外人観光客の姿ばかりが目につきます。若い女性店員は、流暢な英語で応対していました。

 錦市場はきょうも大混雑でした。でも串に刺した料理なんかを簡単に食べさせる店ばかりで、昔の風情がすっかりなくなってしまいました。
 有次だけは変わりません。なにせ創業は戦国の世の永禄3(1560)年です。

 有次 錦店
 075-221-1091
 京都市中京区錦小路通御幸町西入ル鍛冶屋町219

 まだこのブログを始める前にことです。当時のホームページ(HP)のデータを探すと、2001年12月16日に「包丁を買う」という書き込みが見つかりました。
 添付されている画像データは小さなものです。ネットへの接続スピードや保存容量がネックとなっていたのでしょう。そのオリジナル画像はCDに保存されていました。画像とともに書き込みを再構築しました。

 スパッと切れる包丁が欲しいなあ。春から月1回の「男の料理教室」に通ううちに、そんなことを感じるようになりました。
 京都・錦小路の「有次(ありつぐ)」。刃物づくり400余年。戦国時代の永禄3年に創業、京都御所御用鍛冶の伝統を受け継ぐ店です。

 店内には、包丁のほかに、各種の手作り調理器具が並んでいて、見ているだけで飽きません。

 購入したのは、家庭用の「三徳牛刀」(9500円)。ステンレスでコーティングして錆びにくい「日常一品」シリーズもありました。

 鋼だけの従来品を選びました。その場で「田谷」と名前を彫り込んでくれました。
 研ぐのはちょっとたいへんですが、いつまでもこの輝きを保つのを楽しみにする-というのが課題になりそうです。

 四半世紀を隔てた新旧2つの包丁です。3倍ほどに値上がりしていましたが、同じ包装紙に包まれていました。

 わが家の包丁オールスターズです。左から2本目が二代目です。刃こぼれした部分は隠してます。右端が三代目です。
 左から4本目は、母が使っていました。度重なる研ぎの結果、刃が小さくなっています。

 

My memory トラムは素敵 プラハの石畳

 「百塔の町」にして「石畳の町」でもあるプラハを、トラムが縦横に走っています。
 ビルの下をくぐり、城をバックにして⋯。どこから見ても絵になります。

プラハのトラムは石畳を走る

 ケーブルカーにも乗りました。丘の上から茶色い甍が波打つ町を見下ろしました。

プラハ 茶色い甍が波打つ町

 地下鉄にも乗りました。高速のエレベータで地下深くへと潜りました。

地下鉄は地下深くを走る

プラハ 地下鉄は地下深くを走る part2