名残の花見となりました。
京都・大原野の花の寺までドライブしました。花の盛りは過ぎて、境内は静かでした。
小塩山大原院勝持寺という古刹です。南門の前の桜は、もうかなり散ってます。
桜のジュータンができてます。
スミレが咲いてます。
山吹とのコントラストも素敵です。
西行法師ゆかりの西行桜を見上げます。花の寺の由緒の桜です。
天台種勝持寺
京都市西京区大原野南春日町1194
生のヒジキをいただきました。その人が海に潜って採ってきたそうです。ひと茹でしてありましたが、乾物とは違って、いかにもぷりぷりとしています。磯の香りも残ってまいます。
そのまま食べるのが一番と、自分でサラダにしました。新タマネギを薄く切って水にさらしました。キュウリと彩の人参、冷蔵庫に残っていた鶏のささ身も混ぜ込みました。味付けは、マヨネーズにごま油、塩、コショウです。ちょっとあっさりしていたので、途中からだし醤油も使いました。
黒いヒジキでは、絵柄ははえません。でも、自然の味そのままに、いいあてになりました。
昼飯にいただいた若竹煮、昨夜の残りのがんもどきもおししかったです。
本日のメーンは、自分で揚げたひと口カツでした。
名古屋の繁華街、栄です。コンサートを前に、ちょっと早い夕食にしました。名古屋飯といえば、味噌煮込みや味噌カツなんかもいいですが、やはりひつまぶしでしょう。あつた〇〇軒なんかが有名ですが、人気店はどこも行列らしいです。
中日ビルの地下食堂街にある「うな文」にしました。ネットで調べたところ、価格も手ごろで、地元の人が普段使いできるような店のようでした。
頼んだのはもちろん、「ひつまぶし」です。折角ですので「特」(2800円)です。ネットのクーポンがあったので400円引きでした。
流儀に従って、1杯目はそのまま、2杯目は薬味のネギとわさびをかけていただきます。
ちょっと薄いウナギですが、気持ちよく焼けてます。甘めのたれをかぶってます。ふっくらとしたご飯とよく合います。
3杯目はお茶漬けに。
こってりとした脂分がとんで、これも箸が進みます。
最後に、テーブルにあった山椒を振りかけました。これはこれで、やはりうまいです。
一品料理も多く、一杯やるにもよさそうな店でした。この夜はコンサートを控えていたので、アルコール抜きでした。
うな文 中日ビル店
052-261-8037
名古屋市中区栄4-1-1 中日ビル B2F
J.S.Bachの「マタイ受難曲」を聴きました。名古屋国際音楽祭が開かれている13日夜の愛知県芸術劇場コンサートホールです。
BCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)の演奏でした。
今年のイースター(復活祭)は17日です。キリストは十字架に架けられた3日後に復活したそうです。マタイ受難曲も、その復活のあたりのことを歌っています。その出来事とちょうど同じ日だったのです。
この時期にBCJのマタイを聴くのは4回目です。独・ライプツィヒの聖トーマス教会も入れると、なんと5回目!。わたしにとっても恒例化してきました。
BCJは、4声の2管編成です。コーラスの各パートはたったの3人。合わせても24人しかいません。エヴァンゲリスト以外のソリストもこれに含まれます。たったこれだけの小人数なのに、大きなホールを芳醇な香りで満たしました。教会で聴くのとはまた違った、コンサートホールでのクリアーなハーモニーでした。
エヴァンゲリストは、これまでと違いました。ベンヤミン・ブルンス(テノール)は、圧倒的なボリュームで朗々と歌い、最後までその勢いは衰えませんでした。鈴木雅明の指揮も、畳みかけるようなな早いテンポで、3時間を超す演奏も、息もつかせないほどでした。ビオラ・ダ・ガンバや古楽器のオーボエの空気を震わすコンチェルトのような演奏にもため息がでるばかりでした。
カウンターテナーの青木洋也さんのアルト・アリアも、これまで以上にドラマチックな表現でした。
愛知県芸術劇場は、名古屋の繁華街・栄にあります。演奏が終わったのは夜の9時40分。それから新幹線で帰宅しましたが、わが家着は11時半でした。
これまでに聴いたマタイ受難曲
バジルを植えました。ベランダのプランターに土と肥料を混ぜ込み、2苗を移すだけです。5分ほどの作業でした。
高槻の花屋さんで買ったスイートバジルの苗です。昨年は、1株100円の苗でしたから、その2倍以上してます。その代わりに株がしっかりとしていて、葉も厚く感じます。
イタリアンパセリは、そろそそ1週間ですが、音沙汰がありません。発芽までもうすぐでしょう。
バジルの向こうは、越年してまた生長をはじめたパセリです。
ベランダの反対側は、いつも花をつけているゼラニウムです。
「OPINEL(オピネル)」。120年余りの歴史を持つフランス生まれのナイフメーカーです。FaceBookに、そのフォールディング・ナイフ(折り畳みナイフ)に関する書き込みがありました。
そうだ、わたし持っていたはずと、道具箱を探しました。キャンプやアウトドアを楽しんでいた20年くらいは前に買って、以来、使っていなかったナイフが出てきました。
錆も浮いています。これをリニューアルすることにしました。
ピンを抜く作業から始めました。
ピン頭から抜くか、かしめたほうから抜くか。
ピンをヤスリで削り、センターポンチで押し込みました。
先が細くて長いピンポンチを買ってきて、ピンを抜くのに成功しました。この作業が一番、たいへんでした。
次はブレードを研ぎます。
錆が出ているので、電動のベルト・サンダーで粗削りしました。
次はサンドペーパーで仕上げます。180番から初めて、最後は600番でした。ホントは1000番くらいまで使ったほうが仕上がりがよかったみたいです。
刃を出すために、砥石で研ぎました。
ちょっとティーブレークではありません。
ブレードに黒錆を発生させるのです。黒い酸化被膜を作ることで、赤錆の発生を予防することができます。
切り取ったペットボトル、濃い目の紅茶4に、酢1の割合で混ぜます。そこに針金でつるしたブレードを沈めます。
こまかな泡が出てきます。急激に酸化が進んでいるようです。
1時間ほどで液体は真っ黒に変色し、取り出したブレードも真っ黒になってました。
自宅近くの生協に行って、食用のアマニ油を買ってきました。健康成分のα-リノレン酸が含まれていることで注目されていますが、料理のためではありません。

柄の木材の耐水性を高めるために、乾性油(空気に触れると固まる油)で処理したかったのです。
ピクルスでも漬けるように、ジップロックでアマニ油漬けです。
リニューアルしたOPIELで、冷蔵庫のニンジンを切ってみました。スパリと切れます。
さて、このナイフ、何に使いましょう。キャンプの予定はありません。
昔の話を思い出しました。
誘われて明石海峡のあたりに太刀魚釣りに出かけたことがあります。15年ほど前のことです。わたしは釣り道具を持っていなかったので、会社の釣り好きの同僚から一式を借りました。よく釣れたので、オピネルのナイフを添えて返しました。釣り上げた太刀魚の首をグサリとして、血を抜くのにちょうどよいと思ったからです。
わたしより年下だったその同僚は、しばらくしてくも膜下出血を起こして亡くなりました。オピネルを一度くらい、使ってくれてたのでしょうか。今となっては、確かめようがありません。
店先に「カレー」の幟が翻ってました。それにつられました。久しぶりにカレーもいいなと。
「QUATTRO CINQUE」は、イタリアンのバールのようです。ワインボトルが並び、メニューもうまそうな一品が。昼は、リーズナブルなカレーがメーンのようです。
「カツカレー」(690円)です。分厚くて大きな揚げたてカツです。食べごたえ十分です。
生ビールも飲んだのに、1000円札でおつりがきました。これはうれしいです。
白米か雑穀米が選べます。
野菜サラダを一緒に食べている人が多かったです。
QUATTRO CINQUE(ワトロチンクエ) 高槻店
072-681-2425
高槻市紺屋町6-6 敷島ビル 1F
木津川、宇治川、桂川の3つの川が一緒になる「三川合流」は石清水八幡宮、男山のある八幡市と、天王山の大山崎町にはさまれて狭まった地にあります。かつて、天下分け目の戦いが行われた地にも近いです。その木津川―宇治川の合流ポイントに向けて延びているのが背割堤です。桜の名所です。
英会話のお仲間と、お花見に行きました。阪急・大山崎から歩いて1時間半ほどでした。背割り堤の先端まで歩いて、昼飯のお弁当を開けました。
きょうは、わたしもコンビニ調達ではなく、奥さまに作ってもらいました。
おにぎりを、別に持ってきたのりでくるみました。パリパリののりがおいしいです。
湯をわかして、インスタントの味噌汁もつくりました。
食後のコーヒーをふるまうのが、わたしの役目です。お菓子が回ってきました。
向こうに天王山が望める見晴らしの良い地点です。
ゆっくりと食事して、背割堤を戻り始めました。その時です。大変なことに気づきました。ない! わたしのパンツの背のポケットに入れていた財布がなくなってました。あわてて弁当を開けたあたりに戻りました。でもありませんでした。
河川事務所や観光案内所で問い合わせましが、拾得物はなし。対岸の京阪・八幡駅前にある派出所まで歩いて、遺失物届を提出しました。
帰りは、トボトボと独り、もと来た道を。ひょっとして落ちてないかという期待もむなしかったです。
自宅に戻り、財布に入れていたクレジットカードの使用停止の措置を電話でしていると、「ピンポーン」とチャイム。近くに住むご婦人が、財布を拾ったと持参してくださいました。免許証で住所がわかったそうです。
ニッポンって、ほんとに素晴らしい国ですね。落とした財布が、そのまま返ってくるのです。しかも自宅にまで。これがスペインやヨーロッパだと、ま、その時点であきらめていたでしょう。
背割り堤の桜は曇天でイマイチでしたが、心は一気に「曇りのち晴れ、快晴」となりました。