地下を走るから地下鉄ですが、東京の大江戸線も顔負けの深いところを走ってます。いざとなれば、線路はそのまま核シェルターにでもなるのでしょうか。
エスカレーターもものすごく長く、ものすごくスピードが速いです。それなのに犬も平気で乗ってます。慣れとはこわいものです。
ここはB線の「ナーメスティ・レプブリキー駅」で、次はA線と交差する「ムスティーク」、ホテルは二つ先です。何回も乗っているうちに、チェコ語の車内放送も、少しはわかるようになりました。
(2005/05/20)
カテゴリー: わたしの好きなもの
ある偉大な芸術家の思い出のために
チケットは
チケットはインターネットで予約しました。
昨夏のザルツブルク音楽祭のチケットは、すぐに郵送されてきました。ところが、今回は現地でのピックアップだけです。しかも代理店は住所しかわからず、わざわざ通り名が記されたチェコ語のプラハ市街図を堂島のジュンク堂で買っていきました。
行ってみると、市街の真ん中、一番にぎやかな通りのよく目につくところにその代理店はありました。ネットで予約したときの受付ナンバーをプリントアウトした紙を見せると、簡単に発券してくれました。
ヨハネ受難曲 800コルナ=3200円
チェコトリオ 350コルナ=1400円
安い。日本で聴けば、この何倍を支払わなければならないか。
(2005/05/18)
ヨハネ受難曲
バッハの「ヨハネ受難曲」を聴きました。
ペーター・シュライヤー(テノール歌手=舞台中央)が指揮をし、物語を進めるエバンゲリスト(福音史家)を歌う2役でした。さすがに、ずっと昔に聞いた「美しい水車小屋の娘」ほど声にハリはありませんでしたが、すべて暗譜には感心しました。
コーラスは6人×4声で24人。たったこれだけなのに、オルガンのような響きでした。
Rudolfinum(ルドルフィヌム=芸術家の家)にあるドボルザーク・ホールは、本当に素晴らしいホールでした。こんなに音楽的なホールは、たぶん日本にはないでしょう。
19世紀の後半に、約10年をかけて建設されたそうです。現在はプラハ交響楽団の本拠地になっています。 (2005/05/19)
なんでもふたつ
ウィーン・フィルハーモニーにウィーン・シンフォニー。その本拠地は、ムジークフェライン(楽友協会)とコンツェルトハウス。ウィーン国立音楽大学にウィーン市立音楽大学。そして国立オペラ座(Wiener Staatsoper)と、ここフォルクスオパー(Volksoper)。
フランツ・ヨーゼフ1世の即位50周年を記念した1898年に建てられて劇場だが、外観ではオペラ座ほどの貫禄はない。そのせいでもないが、スメタナのオペラ「売られた花嫁」も、もうひとつの印象だった。ザンネン!! (2005/05/15)
Strassenbahn
路面電車は素敵です。いろんな路線の電車が次々にやってきて、渋滞のない道をスイスイと走ってる。24時間パスを買っているので乗り放題で、一駅でものってしまいます。これだけ便利だから、市街地では車を使わないパーク・アンド・ライドも根付いているよう。京都市電はとっくの昔に消えてしまったけれど、もったいないことをしたような。
ちょっと古い停留所もそのまま残ってます。わたしがよく訪問しているブログTripper Archives」にも登場していたところです。
それにしても「検札なし」の乗車券システムの不思議。ウィーン在住の知人がこんな風に教えてくれました。
「抜き打ちでやってくる検札にみつかると、罰金で1カ月分の定期料金を払わされる。1年に12回、検札に遭遇すればトントン、以下なら安上がりということ。でも、みんな買ってるようですけど」
響きならこちらも
ウィーンフィルの本拠地、楽友協会(Musikferein)の黄金ホール(Grosser Saal)です。
毎年、テレビで見るニュー・イヤー・コンサートはここで演奏されてるうですね。ああ、ここで本物(ちんどん屋ではない)のコンサートを聴きたかった。でも、日程があわず、ガイドツアーで我慢しました。残念。でも、次は! という課題が残りました。 (2005/05/15)
敬虔な気持ちで日曜ミサに
ウィーンの最初の朝は日曜日。前夜も訪れたシュテファン寺院で、ミサが行われます。ウィーン在住の知人に聞いたら、「カソリックです、という顔したはいったら大丈夫ですよ」とのアドバイス。ちょっと早めにいったのですが、もう大きなドームが信者でいっぱいでした。
コーラスとオーケストラが入って、モーツァルトの「戴冠ミサ」が。ところが、CDで聴く演奏とは大違い。1曲終わるたびに、司祭の話があり、儀式がはさまり、そしてまた演奏。ウーン、ミサとはこんなものだったのかと、改めて感じ入りました。 (2005/05/15)
オルガンの響き
オルガンの響きを実感しました。
夜のシュテファン寺院です。ミサが行われてました。パイプオルガンが天上の響きを奏でます。バッハの調べが、敬虔な気持ちへ導いてくれる大道具であることがわかりました。
この夜はテレビ中継が入っており、ライトアップされていました。 (2005/05/15)
椅子をつくる ~飛騨・清見村、Oak Village(オークビレッジ)にて
GWの交通渋滞を懸念して、早朝に出発した。ところが、名神-東海・北陸道ともに混雑はなく、9時半には早くもひるがの高原SAに。駐車場でひと眠りしたあと、途中で昼食に高山ラーメンを食べ、集合時間の午後1時前にオークビレッジに到着した。
木工セミナーが開かれた「森の自然学校」。3泊4日コースが基本だが、わたしは1日少ない2泊3日で参加した。参加費(46,000円)には、初日の夕食から最終日の昼食までの食費と宿泊代、受講料、保険料が含まれている。
時間のかげんで希望していた「角材と板から作るペザントチェア」は断念。キット(16,800円)を製作することに。
座板、背板、脚4本、くさび6個で構成されている。
用意してきた設計図と現物の板を合わせる。細かなデザインを相談したあと、墨付けにかかる。
ハンドソーで墨にそって部材を切り取る。
最初に刃が入る瞬間は、やはり緊張する。もう後戻りはできない。
座面にくぼみをつけるため、丸カンナで削る。
材料は栓(せん)の木。、木目が均等に通っており、あまり堅くないので気持ちよく削ることができる。
旋盤で丸棒を削る参加者。角材が見る見る丸くなり、思いの太さに変化してゆく。
実はこれを経験してみたかったのだが…。
夕食はオークヒルズの「森のレストラン」で。この日のメニューは、ワカサギのから揚げとホタルイカののったサラダ、豚のカツレツ、スープ。これに生ビールを追加して大満足。
森の自然学校代表の稲本裕氏(オークビレッジを主宰する稲本正氏の実弟)もテーブルについて、木工談義がつきない。
宿泊は「どんぐり邸」で。最初の夜は4人相部屋だった。
GWの前半に開かれた「漆塗りセミナー」から引き続き参加していた2人は、さすがに1日早く終了して帰宅した。
昨秋に女房と泊まった「くるみ館」ほどきれいではなかったが、一日の作業疲れからすぐに寝込んでしまった。
2日目の作業が始まった。
通信木工講座「木工スクール匠流」の第三代総師範、永田康夫さん(右端)から説明をうける参加者。
粉だらけになって木を削る。
持参したサンダーで荒削りしたあとはサンドペーパーで。削っては表面を触り、ただただ無心の時間が過ぎてゆく。、
座面の裏側から4本の脚を叩き込む。
座面の表側。脚の中央に溝を切っておき、そこにくさびを打ち込む。これで脚が抜けなくなる。
4本の脚で自立した。椅子らしくなってくる。
体にあわせて脚の高さを調節する。
わたしの椅子は座面までの高さを43センチにして、のこぎりで切り落とした。
昼食は沖縄風タコライス。
ご飯の上に、千切りレタス、味がついたひき肉、さいの目きりのトマト、チーズをのせればできあがり。ニラいりのスープもおいしい。
あっさりとしたデザインのポイントとして背板への象嵌(ぞうがん)に挑戦する。
トリマーで幅7ミリ、深さ5ミリほどの溝を掘る。色の濃い木材を溝と同じ幅に切って、埋め込む。
かんなで埋め込んだ木を削り、表面の凹凸を消す。
3日目。
オークビビレッジのショールームや森の博物館は、GW中とあって訪れる人が絶えない。
前夜、夕食後にもう一度作業場にやってきて彫刻刀で彫ったサイン。
来年もやってきたいという思いを込めて「’04」といれる。
背板を座板に差し込み、くさびでとめた。
浸透性木材保護着色材をしみこませ、布でふき取る。
リボスの「クノス」という自然健康塗料だ。
ニスやペイントと違い、刷毛目を気にしなくてもいい。
完成した椅子を前に、思わず表情がほころぶ。
オークビレッジ http://www.oakv.co.jp/
オークヒルズ http://www.oaknature.co.jp/
〒506-0101 岐阜県大野郡清見村牧ケ洞1025-2
木工セミナーでご一緒した西村寅雄さんから送られてきた写真集です。西村さんは茨木市在住で、わたしの車で一緒に帰宅しました。話しているうちに京都の下鴨中-洛北高の先輩ということがわかりました。