憧れの 300Bシングル・アンプの製作 番外編 「紫電改」敗れる

 憧れの300Bシングル・アンプは、機嫌よく鳴っています。
 1世紀ほど前に発売された米ウエスタンエレクトリック(WE)のトーキー用アンプ#91B型を参考にした回路となっています。6SJ7-300Bのシンプルな2段構成です。このうち初段(ドライバー)球の6SJ7は、米RCAのメタルチューブを使っています。黒い2本です。真ん中のGT管も同じ6SJ7ですが、将来の増設に備えたダミーで動作はしていません。
 そのルックスがちょっと気になってきました。真ん中の球が格好いいです。で、3本とも同じスタイルの球に変更しました。

 ヤフオクで、4本1000円で落札したすべて中古の6SJ7です。左から、TEN、TEN、NEC、NATIONALとメーカーはバラバラです。

 古い球です。おそらく製造から半世紀は過ぎているでしょう。薄っすらと「TEN」と印刷されています。 
 TENは、神戸工業のブランドでした。その後、富士通テンとなり、現在はデンソー・テンとして存続しています。
 前身は、戦前の川西機械製作所という機械製造メーカーでした。飛行機、繊維機械、衡器、真空管の製造を行い、真空管技術は最高水準との高い評価を得ていたそうです。ここから独立した川西航空機(現在の新明和)は、あの二式大艇や紫電改を誕生させました。こじつければ「兄弟」というわけです。

 RCAの6SJ7は、ガラスではなくメタル(金属)で覆われています。軍用に強固にしていたのです。
 

 さて、日米の6SJ7を聴き比べました。
 結果は、あっさりと決しました。モーツァルトのディベルティメントK136のLPに針を落とすと、その差は歴然としていました。弦楽器がスーッツと延びる音がまるで違うのです。
 ルックスでは、断然勝っていたのですが、仕方ありません。古い球だったので、TENの真価は発揮されなかったのかもしれません。元の状態に戻しました。

 

憧れの 300Bシングル・アンプの製作 その2 魅惑の音出し

 憧れの3極管真空管、300Bを使ったステレオ出力アンプが、ほぼ完成しました。
 パソコンの前の机での作業です。ネットラジオのRadio Swiss JAZZが、小型のモニタースピーカーから心地よく流れます。
 春から部品集めを始めました。ベースにしようとヤフオクで競り落とした製作途中のアンプは、搬送事故でシャーシがグニャリと折れ曲がっていました。おかげで、一番の力仕事のシャーシ製作から始める羽目になりました。時間がかかりましたが、ヤフオクから補償金が受け取れて結果オーライでした。
 最初に音出ししたときは、「ブーン」とお決まりのハム雑音が響きました。これも手直しして、実用上は問題ない程度にまで改善させることができました。
 昨日は、70ウン歳の誕生日でした。自分自身へのバースデー・プレゼントとなりました。 

 アルミ製の無加工のシャーシに穴を開け、トランスやソケットなどのパーツを取り付けました。

 抵抗やコンデンサーの部品は、ベークライト製のラグ板に配線して、ユニット化しました。

 時代物のハムバランサー(可変抵抗器)があったので使いました。昭和30~40年代のシロモノではないでしょうか。

 ハンダ付けは好きな作業です。すべての配線が終わりました。
 中学生の時に、真空管2球のラジオを紙箱の上に組み立てたのが最初です。以来、アマチュア無線、オーディオを通しての長い付き合いです。

 恐る恐る電源を入れましたが、異常はありません。
 テスターでポイントごとの電圧を測定しました。
 「ブーン」とうハム雑音が気になります。大雑把だった配線を手直ししたり、一部のパーツを追加してかなり改善させました。

 リビングのオーディオ装置としてデビューしました。
 LPをあれこれと聴きました。CDをあれこれと鳴らしました。
 モーツァルトのディベルティメントK136が、「このレコード、こんなに音良かった」と思わず声を上げるほどでした。すっきりとしたクリアーな音です。輪郭がシャープです。
 まずは大成功です。

 メーンアンプの定位置は、300Bアンプにとって代わられます。
 左下が、引退間近の2A3PPアンプです。

 憧れの 300Bシングル・アンプの製作 その1 シャーシの加工

そばの白い花が咲く

 そばの白い花が咲きました。
 ベランダのポットに蒔いて、まだ1カ月が過ぎてません。驚くべき成長力です。

 花弁の大きさは、直径7~8mmといったところでしょうか。
 次は、種をつけてくれるかがどうかが楽しみです。

ヨハネ受難曲を聴く 久しぶりの大阪、~の音楽会、~のマクド。

 久しぶりの大阪でした。わたしは大阪府下には住んでますが、大阪市内は1年数か月ぶりでした。それでも梅田辺りの雑踏は敬遠して、車での直行、直帰でした。
 OBPのいずみホールです。ここでの音楽会は、1昨年の秋にモーツァルトのレクイエムを聴いて以来です。2回目のワクチン接種から2週間が過ぎ、そろそろ抗体もできたはずです。
 大阪バッハ合唱団の演奏するJ.S.バッハのヨハネ受難曲でした。コーラスなのに、そろいのワインレッドのマスク着用です。最初の音が発せられたときは、そのくぐもった声にびっくりしました。高音がまるで冴えません。でもそんな音に慣れるにしたがって、バッハのハーモニーがぐんぐんと迫ってきました。やはり生は素晴らしいです。コーラスやソロのみなさんの、久しぶりに歌えた喜びが伝わってくる熱演でした。

 感染対策は万全でした。
 観客もマスク着用は当然、「ブラボー!」禁止、ゾーンごとの退出、チケット半券への名前、連絡先の記入などなど。わたしはオランダ・バッハ協会の黒マスクをしていました。
 入場者は定員の50%未満。指定席はひとつ置きで、わたしの列は偶数席だけ。前後の列は奇数席だけとなってました。

 早めに行って簡単に昼飯にしました。松下IMPビルのマクドナルドで「ビッグマック」をいただきました。

 マクドで食べるのは、2年前のオーストリア以来です。グラーツからウィーンに戻るとき、駅のマクドで4.8EURの「1st set」を買って列車に乗り込みました。味も価格も似たようなものです。

 ビジネス街の土曜日ということか、店内はガラーンとしていました。

 マクドナルド アイ・エム・ピービル店
 大阪市中央区城見1-3-7
 06-6920-1218

 きょうはカメラをもっていなかったので、スマホで撮影しました。そこそこに写るものです。

憧れの 300Bシングル・アンプの製作 その1 シャーシの加工

 憧れの3極管真空管、300Bを使ったステレオ出力アンプの製作を始めました。真空管やトランスなどのパーツを仮置きしてみました。
 春ごろから、ぼつぼつとパーツを集めてきました。
 昔なら京都・寺町や大阪・日本橋の電気店に出かけたところですが、今やそんなパーツ店はほとんどが姿を消しました。おまけにコロナで外出自粛とあって、みんな宅配でした。
 ヤフオクのお世話にもなりました。自宅で眠っていたパーツも引っ張り出してきました。

 シャーシといって、重たいトランスや真空管を載せる土台を作りました。これが一番の力仕事で、たいへんでした。
 アルミ製で、350×200×50mmの大きさの箱です。方眼紙にパーツを並べて、真空管ソケットが入る丸穴、トランスの角穴、ビス穴などの設計図を描きます。方眼紙をシャーシに張り付けてプロットします。
 電動ドリルでの穴あけは騒音を発します。だれもいない公園に行って、木陰で作業しました。

 直径30mmの丸穴は、シャーシ・パンチという専用工具で開けます。直径が50mmの2カ所の穴は、ハンド・ニブラーを使いました。どちらも高校生のころに入手した時代ものです。

 ひと握りで1mmほど進みます。根気よく切り続けるのですが、握力が足りません。
 アルミは柔らかいとはいえ、厚さ1.5mmは限界です。もう一方の手を添えてやっと切れます。続けて90度ほど切り進むのがせいぜいで、何回にも分けて作業しました。

 左の大穴は、まだ半周です。

 シャーシの表面をサンドペーパーで磨き、サーフェーサーという下塗り塗料をスプレー。さらにアルミカラーのスプレー塗料を吹き付けて、シャースはでき上がりました。

 使用する中国製真空管、PSVANE-300Bです。
 昔は、映画館の拡声アンプなどにも使われていた大型出力管です。ウェスタン・エレクトリック(WE)製のWE-300Bが、オーディオ・マニアの間では絶大な人気を誇っています。でも高価です。新品は存在せず、たまにヤフオクに登場しても2本で20ウン万円もします。とても手が出ません。
 真空管は、20世紀末までに西側諸国では生産がストップしました。今もロシアや中国などでは、マニア用が作られています。
 農薬たっぷりのmade in Chinaは敬遠してますが、真空管なら耳に悪影響を及ぼすこともないでしょう。

 PSVANE(プスバン、中国名ブランドは「貴族之声」)の真空管は、現在使っている出力アンプにも挿さっています。2A3Cという違った真空管ですが、予想外に良かったので、今回も採用しました。
 ヤフオクでゲットしましたが、1本1万円しませんでした。おかげで、コピー球と承知での上で長い間の憧れだった300Bアンプに挑戦する環境が整いました。

 メーンアンプの真空管交換 PSVANE(貴族之声)2A3C

Classic FM を聴きながら ジグソーパズルが完成する

 最後の1ピースは、ハイドンの口元でした。これで完成です。
 英国から放送されているネットラジオ、Classic FMオリジナルの1000ピース・ジグソーパズルです。
 5日前にチャレンジを始めました。リビングのテーブルを占拠していました。Classic FMを聴きながら、テレビを見ながら、ついつい穴埋め作業に没頭の毎日でした。

 ノリで固定してしまうのはもったいので、しばらくはこのままにしておきます。

 Classic FM を聴きながら ジグソーパズルに熱中する

Classic FM を聴きながら ジグソーパズルに熱中する

「Classic FM」は、英国から放送されているクラシック音楽専門のネットラジオです。毎朝、テレビニュースをひと通り見ると、ステレオに切り替えます。ひところはバッハばかりを流している放送を聴いてましたが、最近はもう少しイージーリスニングできるこちらです。
 そこが「20人の大作曲家」というオリジナルのジグソーパズルを発売したので、ポチリとしてしまいました。25ポンド(3800円)でした。郵送料もかかっています。
 それが船便で送られてきました。
 今朝も心地よい音楽を聴きながら、ジグソーパズルに熱中しました。

 1000ピースのパズルです。製作はアイルランドと印刷されていました。

 こちらは昨日です。リビングのテーブルの上で作業を始めました。
 完成すると500×665mmの大きさになります。

 夕飯となって、横の小型テーブルに移動させました。
 ネットでジグソーパズル用のパネルを探しましが、日本の規格では合致するサイズが見つかりませんでした。

 なければ作るしかありません。近くのホームセンターに飛んで行って、ベニヤ板と細い角材を買ってきました。

 角材は、45度に切るための道具に合わせて切断しました。

 なんとかコーナーが処理できました。

 アルファベットが印刷されているピースを集めて作曲家の名前の部分を組み合わせました。やっとここまで進みました。先は長いです。
 ボケ防止対策として、のんびりと取り組んでいきます。

蕎麦を蒔く ベランダのにぎわいに

 ソバを蒔きました。実を収穫して、挽いて、打って・・・。それほど大それたことではなく、蕎麦菜として、パスタや冷奴のトッピングにでもなれば上出来です。
 おしいソバを食べた京都・久我の「蕎麦工房 膳」で、「お持ち帰りください」とソバの実をいただいてきました。
 プランターでも水栽培でもよいようです。空いていた鉢に蒔きました。水をたっぷりとやって、早ければ2ー3日で発芽するそうです。

 すでに発芽しているのは、ソバではなくてルッコラです。
 毎朝、パンの上にルッコラと生ハムを載せて食べるのがマイ・ブームです。そんなことならと、ルッコラの苗を探しました。種なら100円ほどで売っていたので、そこからの栽培となりました。
 1週間ほどで、双葉の間から本葉が見えるところまで成長しました。タマゴケースでは土の量が少なく、保水にも限界があるので、そのうちに植え替えます。

 スイートバジルは、どんどんと成長しています。

 小さな紫陽花もいまが満開です。

 これまた小さなバラも、狭いベランダに咲いてます。

 何の花だかおわかりでしょうか?

 オリヅルランが久しぶりに長いランナーを伸ばして、その先に一輪の花をつけました。

京都の「ポケふた」を全点踏破する

 「ポケふた」なるものを知りました。ポケットモンスターをデザインしたマンホールふたです。全国に150以上と繁殖しています。京都には5つ設置されています。
 ポケモンにはあまり関心はありませんが、マンホールのふたは大好きです。さっそく巡ってみました。
 この画像を見て、設置場所がおわかりでしょうか?

 嵐山の中ノ島公園にある「ホウオウ」です。
 (株)ポケモンという会社が自治体に寄贈して設置しています。

 京都市右京区嵯峨中ノ島町

 阪急京都線から桂で乗り換えて嵐山にやってきました。 
 いつ行っても観光客らであふれていた嵐山ですが、さすがに人影もまばらです。

 渡月橋もガラーンとしています。

 西京極総合運動公園の「チコリータ」と「ダーテング」です。
 この春に設置されました。
 
 京都市右京区西京極新明町

 阪急で桂に戻り、ひと駅で西京極です。 
 向こうがたけびしスタジアム京都のマラソンゲートです。冬の都道府県駅伝や高校駅伝のゴールとなるところです。

 敷き詰められているのは、撤去された京都市電に敷石です。

 五条通の西京極運動公園前から市バスに乗って四条河原町までやってきました。バスは祇園を回ると勘違いしてました。河原町で左折したので、あわてて下車しました。
 四条通を東に向かいます。四条大橋の上はスカスカです。

 八坂さんに突き当たり、石段を上がります。そんなタイミングでシャッターを押したとはいえ、人影はありません。

 八坂神社の広い拝殿に手を合わせるおんなひとり。さぞやご利益があることでしょう。

 円山公園の「ピチュー」「ピィ」「ププリン」です。
 このマンホールふたは、佐賀の工場で、1枚づつ作られています。

 京都市東山区円山町

 向こうのこんもりとした木が、有名な枝垂桜です。ふたにもデザインされています。

 明治のたばこ王によって建てられた洋風建築の長楽館がすぐ横にあります。

 大谷祖廟へと続く道は緑でいっぱいです。

 知恩院の国宝の三門です。
 これほどにも人のいない写真は、またと撮れないと悦に入ってました。でも、人流抑制が求められるなか、ひとりぶらついているわたしが不謹慎ということですかね。ちょっと反省!!

 青蓮院門跡の前も、変わらぬみどりです。

 岡崎公園まで歩いてきました。

 京都府立図書館の横にとまっている京都市電は、「岡崎市電コンシェルジュ」という観光案内所として使われてきました。
 この「1860」は、昔は北区の大宮交通公園に展示されていました。老朽化が激しく、撤去も検討されているそうです。

 岡崎公園には「ヒノアラシ」と「ヒヒダルマ」がいます。

 京都市左京区岡崎最勝寺町

 平安神宮の神苑には花ショウブが咲いていることでしょう。

 ここは災害用のマンホールトイレとして整備されています。ふたを撤去して、トイレを仮設できる仕組みになっています。

 最後は梅小路公園の「マリルリ」と「ワニノコ」です。
 東山丸太町から市バスに乗り、西大路七条で降りました。昼飯を食べる店の前に、こちらが見つかりました。

 JR嵯峨野線の向こうに鉄道博物館があります。気になる存在ですが、行ったことはありません。

 旧二条駅の木造駅舎が移築されています。

 のぞき込むと懐かしい0系新幹線がとまっています。

 ここにも市電がいます。

 5つのポケふたを踏破しました。すぐ横のJR梅小路京都西から京都経由で帰宅するつもりでした。ところが、まだ昼飯を食べてません。七条通をたらたらと東にむけて歩きました。大宮の交差点で、向こうに「想夫恋の焼そば」という看板を発見。2時閉店ぎりぎりに滑り込みました。
 「玉子焼き」(並、1000円)です。焼きそばに、トッピングによってバリエーションがあり、目玉焼きが載っています。

 「想夫恋」といのは、大分・日田の日田焼きそばの有名店でした。
 そばがバリバリに焼いてあります。肉は、カツにするような分厚いのが細く切ってあります。いっぱい入っています。十分に焼いてからモヤシとネギを加えているようです。ソースはオリジナルです。
 なかなか食べ応えのある焼きそばでした。

 想夫恋 京都七条大宮店
 京都市下京区七条通大宮東入大工町96番
 075-708-6787

 そのままJR京都まで歩いてゴールとしました。

 8.8キロ、1万6000歩ほどのウォーキングでした。
 阪急や市バスに乗るたびにPAUSEにしました。軌跡が直線で飛んでいるのが、交通機関を使った区間です。

「ピアノ発表会 2021」 これでおしまい

 わたしのピアノ発表会が、やっと終わりました。わたしがピアノを弾いたわけではありません。例年のようにスタッフとして、奥さまたちが開く「ピアノ合同発表会」のカメラマン兼CD編集人兼ビデオ編集人を務めました。
 出演者29人それぞれに5カットの写真を撮影、プリント。ホール録音の音源をCDに編集、コピー。動画(撮影は別)のDVD、Blu-rayへの編集とコピー。それぞのケースにラベルを作り、プリントしてカットなどなど。コロナで外出もままならず、たっぷりとある時間を存分に使わせていただきました。

 発表会は、2週間前に茨木市のホールで開かれました。
 コロナ対策を尽くし、大勢が集まらないように3部構成に。検温や消毒も怠りませんでした。

 カメラマンの仕事は毎年のことで慣れたものです。前から、後ろに回ってと、リハーサル時間は動き回っていました。
 撮影したカットは2000を超えていました。それでも、これまでよりは少なかったですが、疲れました。歳を感じざるをえませんでした。
 動画編集は、慣れない作業のうえ、非力なパソコンのために四苦八苦。なんとか仕上げることができました。

 恒例のスタッフ弁当もいただいていました。今回は、自分でコンビニで調達してきました。