女声アンサンブル ClarsuVoce(クラルス・ヴォ―チェの初コンサートが11月30日、カトリック芦屋教会の聖堂で行われました。
わたしは録音・録画を担当しました。
演奏の一部は、ClarsuVoceのHPにアップしています。ご覧ください。
芦屋 「銀しゃり」の日替わり魚定食
ちょっと古い昼飯のアップロードとなってしまいました。奥さまがメンバーの女声アンサンブル クラルス・ヴォ―チェのファーストコンサートが11月30日、芦屋のカトリック芦屋教会で開かれました。わたしは録画・録音要因として手伝いました。
聖堂ですから、スタッフ弁当を食べるというわけにはいきません。休憩時間に阪神・芦屋の前まで行って見つけた「銀しゃり」です。「日替わり定食」(1100円)のぶり大根にしました。
ちょっと待たされるなと思ったころ、ドーンと登場しました。サービス定食なのに、1人前ずつ釜で炊いているのでした。ちょっと柔らかい、熱々、真っ白なご飯でした。
「お米マイスター制度」の立役者という藤井博章氏とのコラボで生まれた「釜だき銀しゃり」でした。これにおいしい汁があれば十分というお味でした。
ぶり大根もしっかりと煮込まれています。大根はホロリと崩れるほどでした。
店は半地下にあります。向こうの席は、すべて予約となっていました。わたしはカウンターでいただきました。
阪神・芦屋駅前にはアルファベット表記「GYOZA OHSHO」もありました。さすがおしゃれな町です。
銀しゃりや
0797-23-6612
芦屋市公光町7-11
これからカメラ4台で撮影した記録の編集にかかります。
比叡山 花摘、天梯、裳立と美しい名の3峰を巡る
比叡山の坂本側(東側)の山腹に、どれも美しい名の3つの峰があります。花摘ノ峰、天梯(てんだい)ノ峰、裳立山です。
びわ湖畔のJR比叡山坂本から延暦寺へのケーブルができるまではメーンルートだった本坂を登りました。何度も登っている比叡山ですが、京都人にとっては初めて登り道でした。
下りは裳立山を通りました。頂上には「土佐日記」の紀貫之の墓があります。「木工頭紀貫之朝臣之墳」と刻まれた墓石と、小さな石仏が京の都を向いていました。
花摘の峰です。
比叡山延暦寺を開いた伝教大師(最澄)の母が、ここで花と摘んで大師が山から降りてくるのを待ったことから、その名がついています。
比叡山には三大魔所があります。そのひとつが天梯権現祠(ほこら)です。その祠があるのが天梯ノ峰です。
昼飯は、ケーブル延暦寺駅の前にあるベンチでいただきました。温かいスープがおいしかったです。
Clarus Voce 1st コンサート ~準備編その2
女声アンサンブル クラルス・ヴォ―チェの初めてのコンサートが、今週末の30日と迫ってきました。芦屋のカトリック芦屋教会の聖堂で行われます。奥さまも歌っているメンバーの練習も仕上げ段階です。
わたしは録画、録音担当しますが、準備も手伝いました。
フライヤー、チケットに続いて、プログラムもでき上がりました。オルガンの写真などは昨年、ウィーンのペーター教会で撮影したものです。カトリック芦屋教会のバラ窓などもあしらっています。
フライヤーやプログラムは、ネットで印刷業者に発注しました。
プログラムにはさみ込む歌詞の対訳は、エクセルで作りました。A4判の二つ折り両面です。4ページにうまく配置するのに苦労しました。
高槻市内のコピー屋に行って、両面コピーしました。
会場に置く募金箱やスタッフが胸からぶら下げるカードなども作りました。
コピー屋の立派なコピー機です。両面コピーもあっという間でした。
横には自動折り機もありました。200部の用紙をほんの5分ほどできれいに2つに折ってくれました。使用は10分まで100円でした。
高槻市内のコピー屋です。便利に使えそうです。
Clarus Voce 1st コンサート ~準備編は、リハーサル風景です。
自分でつくる 水菜と揚げ、しらすの和風パスタ
京都・銀閣寺 大銀のかつとじ定食
京都の東北を流れる白川を、源流の山中から歩きました。予定が狂ってスタートが遅くなり、銀閣寺辺りで昼飯となりました。
「大銀」の看板が見えました。観光地にありながら、大衆食堂の風情を残す(価格も)店です。
「かつとじ定食」(1180円)です。思いのほか、パリッと揚がったカツがうまいです。常連さんにも見放されない安定のお味です。
中ビンですが、水分補給にはこれで十分でした。
銀閣寺の門前です。外人観光客が絶えません。メニューも英語交りです。
店に入ると、ドーンと陳列ケースです。一品が並んでいます。
丼、麺類、定食とこれぞ大衆食堂そのものです。
かつて、この食堂の1日を追ったテレビ番組を見たことがありす。
大銀
075-771-0692
京都市左京区浄土寺東田町60
京都を歩く 白川の源流から鴨川まで
白川を京都・滋賀の府県境である山中(やまなか)の源流(起点)から、四条上流の鴨川への合流点まで歩きました。10キロ近くでした。
起点はここです。まるで廃墟です。京都から大津に抜ける道のひとつ、志賀越(山中越)の国境です。旧道はすっかり荒れ果てています。
左の2つ重ねたような岩肌は「重ね石」です。小さな仏像が4体、彫られています。往来した旅人の道中安全を祈ったものだと考えられています。
15年ほど前にも訪れています。その時と同じようでもあり、見事に荒れ果てたようにも見受けました。
白川に沿って北白川仕伏町まで下ってきました。北白川天神宮に架かる萬世橋は明治27(1894)年、北白川の石工の卓越した技術を集結して造らた眼鏡橋(アーチ式)です。擬宝珠が菊の花です。
知恩院のちょっと上流の映える一本橋は、サスペンスのロケ地としてよく登場します。
鴨川に流れ込みます。向こうは四条大橋です。
鴨川支流の一級河川・白川は、山中からここまで9.3km流れてきました。
孫娘と遊ぶ 「サンタクロース・ゲーム」を手づくりする
孫娘と遊ぶゲームを手づくりしました。シーズンらしくサンタクロースをキャラクターにしました。
ネットで見つけたドイツ製ボードゲーム「果樹園」のパクリです。オリジナルはプレーヤーが協力して、カラスに食べられる前に果物を全部収穫できるかを競います。
百均で材料を漁りました。クリスマス・コーナーの充実ぶりに見とれているうちに、違ったテーマが浮かびました。カラスが果物を食べるというストーリーから、サンタがプレゼントを配るにという逆転の発想でした。プレーヤーがサンタのもっているプレゼントを全部もらえれば勝ちです。
主役のプレゼントをもったサンタクロースです。たった100円なのに、よくできています。
サイコロは、無地のダイスを売ってました。ちょっと小さかったですが、これにサンタやプレゼントをあしらった画像を縮小してプリント、シールにして張りました。
プレゼントは、切れ目がついている名刺用紙があったのでそれにプリントしました。イラストは、ネット上から拾ってきました。
マスキングテープをボードの縁に張って、華やかさを演出しました。計画変更でセロファン紙などは使いませんでした。結局の新たな出費は4点、440円でした。
転がっていたプラケースにサンタやカード類を収納しました。
下の孫娘は、まだ2歳半です。どんな反応を示すのか楽しみです。
なにわを歩く 中之島に架かる二十橋を渡る
なにわの町を歩きました。
大阪八低山は制覇しましたが、浪華八百八橋のうちのいくつくらいを渡ったことがあるのでしょうか。中之島の地図を眺めていると、20数橋が架かっています。端から橋を巡りました。
スタートは、ライオン像が橋の四方に構える天神橋です。こちらは阿形 (あぎょう) の形で口を開けて吠えています。浪華三大橋のひとつです。
土佐堀川に架かる淀屋橋です。関一・大阪市長による御堂筋拡幅工事の一環として1935年に完成したアーチ橋です。コンクリート橋としては珍しく国の重要文化財に指定されています。
堂島大橋は、優美な大型のアーチで路面を吊り上げる下路アーチ橋でという国内唯一の形式の橋です。
中之島を一周して最後の橋は鉾流橋でした。向こうにレンガ造りの中央公会堂が臨めました。
青線が歩いたルートです、