パラパラと小雨が降ってます。面倒ですが、傘をさして出かけました。できるだけ近くて、おいしいところは・・・。で、「竹之内」にしました。
「焼魚定食は何ですか?」「はい、鮭の麹焼きです」「それお願いします」
おいしい鮭です。
これで600円の定食とは。写真にはあまり写ってませんが小さいながら刺身2切れ、煮物にひじき、サラダが付いてます。
「御飯のお代わり、お願いできますか」。うますぎます。
竹之内
06-6440-0511
大阪市福島区海老江5-4-16
パラパラと小雨が降ってます。面倒ですが、傘をさして出かけました。できるだけ近くて、おいしいところは・・・。で、「竹之内」にしました。
「焼魚定食は何ですか?」「はい、鮭の麹焼きです」「それお願いします」
おいしい鮭です。
これで600円の定食とは。写真にはあまり写ってませんが小さいながら刺身2切れ、煮物にひじき、サラダが付いてます。
「御飯のお代わり、お願いできますか」。うますぎます。
竹之内
06-6440-0511
大阪市福島区海老江5-4-16
阪急電鉄・今津線は「片道15分の奇跡」が起こります。それに反して南海電鉄・汐見橋線(正確には高野線の一部区間)は、「片道9分」なにも起こりませんでした。
一度、乗ってみたいと思っていた汐見橋線です。堺市内の出先に向かうときは、いつもは南海・難波から急行に乗ります。きょうは時間があったので、地下鉄・千日前線で一つ手前の桜川で下車。南海・汐見橋駅から向かいました。
がらーんとしたターミナルです。正面には大きな「南海沿線観光図」がかかってますが、色あせて一部は剥離しています。ごていねいに「昭和30年代のものです」という説明がついてます。
阪神・桜川駅の入口と並んでます。とはいえ乗り換え客は多くはありません。
平日も土日も、毎時10分と40分に発車します。まことに潔い時刻表です。
1900年(明治33年)、当時の高野鉄道が大小路駅(現堺東駅)から延伸した際の終着駅にあたる道頓堀駅として開業しました。
頭端式(島式)1面2線のホームがあります。
それにしても木製ベンチが時代を感じさせます。「紳士の憩いの場 パチンコ クイン」の電話局番は2ケタです。
ホーム屋根の柱は古いレールを再利用しています。どこかに刻印は残っていないかと見ていると-
「OH.TENESSEE-6040-ASCE-5-1922」と読めます。一部、誤っているかもしれません。
調べてみると、USスチールテネシー工場製造の輸入レールのようです。「1922」が製造年だとすると大正11年ということになります。
2両編成、ワンマン運転の電車が入庫して来ました。折り返し岸里玉出行きとなります。
1両目にはわたしを入れて3人。向こうの車両にはもう少し乗っているようですが、いずれにしても知れてます。不採算路線であることは間違いありません。
新大阪と関西空港とを結ぶ新路線計画があることから、廃止を免れているのでしょう。
汐見橋を出発した電車は、すぐにJR環状線の下をくぐります。
いつもカバンにいれている昼飯カメラ(RICOH GRDigitalⅢ)の広角レンズで撮影しています。

最初の駅は芦原町です。女性客1人が乗り込んできました。
次は木津川。ここは大勢!の客です。
かつては貨物駅が併設されていて、高野山方面から運ばれてきた材木などの集積地だったようです。
こちらは津守です、似たような駅が続きます。
窓の外の風景も代わり映えしません。どこまで走っても同じです。
西天下茶屋には、ちょっと降りてみたくなる風情がありました。
終点の岸里玉出が近づいて高架区間になると、単線になります。
この区間で、対向してくる電車とはすれ違いませんでした。ということは、わたしが乗ってきた1編成の車両が行ったり来たりしていることになります。そんなことなら複線の必要性はありません。
あっけなく終点の岸里玉出に到着しました。
この後、難波よりの天下茶屋まで1駅戻り、急行に乗り継ぎました。難波から出発するのとそれほど時間がかわりませんでした。
地下鉄千日前線でなんばへ向かう途中、ひとつ手前の桜川で下車しました。なんばが勤務地だったころは、このあたりも昼飯エリアでした。そのときにやってきたことがある「北京料理 龍(ろん)」にしました。
きょうの「日替り」(730円)は「鶏の甘酢」でした。鶏を柔らかく揚げて、酢豚のような甘酢あんかけにしてあります。北京料理かどうかは不明ですが、上手に味付けされてます。
小鉢は切り干し大根でした。これんなんか、和風のまんまです。
龍
大阪府大阪市浪速区桜川3-1-28
06-6568-5067
午後からの用件で出かける前に野田阪神で昼飯です。このところの嗜好にぴったりの「こころ」にしました。
「セット定食」(800円)は、刺身と出汁巻きがセットになってます。
タコにハマチ・・・。こんなのが、安心して食べられます。
ねぎを浮かせたみそ汁もいい味です。底にはタケノコが沈んでました。温かいご飯が進みます。
柔らかな出汁巻きです。
こころ
大阪市福島区海老江5-1-11
06-6452-9620
3つ目のねじりまんぽは、JR茨木駅から高槻よりにある「門の前架道橋」です。ここは何年か前に撮影に来たことがありますが、このブログには掲載してませんでした。
円明寺架道橋から阪急大山崎まで歩き、阪急茨木市へ。そこから再び歩きました。
車も通れる立派なねじりまんぽです。
終端の処理が、前の円明寺架道橋などとは違います。こちらは礎石(?)の方が階段状に削られていて、レンガは直方体のままです。
あまりにデカすぎて、ねじれがもうひとつ実感できません。
下り各停がやってきました。
手前は上り線に増設された架橋です。
架橋部分に「「門の前架道橋」の文字が記されています。
北側には、小さな稲荷神社があります。
門の前架道橋のすぐ西側を川端通が走ってます。川端康成にちなんだ通り名です。
その橋脚に不思議なアーチが残っています。気になりますが、よくわかりません。
あとひとつは、自宅に一番近い高槻市の「奥田畑橋梁」です。またの機会に探訪します。
きょう歩数は、1万8000歩近くでした。満足です。
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2つ目のねじりまんぽは、JR京都線長岡京-山崎間にある「円明寺架道橋」です。
桂川から2駅、長岡京まで各停に乗り、西国街道を歩きました。車でならよく通る道です。あっという間ですが、歩くのは「西国街道を京にのぼる」のとき以来です。30分ほどかかりました。
細い西国街道がさらに狭く、すれ違い不能となってJRの下を抜けるあたりです。そこからの路地を西へ20メートルほどはいったところにありました。
地下水のためか、前に訪れた馬場丁川橋梁ほどレンガの色は鮮やかではありません。ねじれの方向は、馬場丁川橋梁とは逆に右巻きです。
生活道路として使われているので、きれいに整備されています。
中間点には蛍光灯がついてます。
ねじりまんぽの終端の処理がよくわかります。
床面もレンガが敷かれています。しかも、こちらもねじれてます。
西側部分(上り線)は、コンクリートで追加されています。馬場丁川橋梁と同じです。
西側入口です。クラブ活動の中学生が通り過ぎました。
京都府乙訓郡大山崎町字円明寺
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「ねじりまんぽ」を探索しました。
昨日のことです。車で高槻市内に向かう途中、渋滞を避けて上牧付近で国道171号から西国街道に入り込みました。「そっちからまんぽを抜けて行った方が早いよ」と女房。走りつけているこのあたりの地理は、わたしより詳しいです。でも、JR京都線をくぐるトンネルは、ねじりまんぽではありませんでした。
ねじりまんぽは、京都・蹴上のインクラインの下を抜けているのが有名です。わたしの出生地のすぐ近くです。
ねじりまんぽは、明治の初期にお雇い外国人技師によって我が国に伝えれた技法だそうです。線路に直交しないトンネルを通すときに使われる技術で、力の伝わる角度を考えながらレンガを斜めに積み上げて強度を保っています。「まんぽ」は、線路下にもうけられたトンネル状の通路のことで、それがねじれているからねじれまんぽです。
全国に30ほどしかないねじりまんぽです。それがわたしの居住地の近くに4つもあります。折角だから車はやめ、自転車も敬遠して、JRと徒歩で向かいました。最初の目的地は京都・西京区の「馬場丁川橋梁」です。
JR京都線の桂川駅で下車。東北の方向に20分ほど歩きました。線路の北側を行くと、ネットで調べた目印の祠が見つかりました。雑草に覆われた右下をのぞき込むと、確かにトンネルは存在するようです。ごみが散乱していて、内部に入るにはちょっと勇気がいります。
コンクリートに「1962-7」と刻まれています。JR京都線(東海道線)は、北側に拡幅して複々線化されたようです。その時のものかどうかは不明ですが、すでに半世紀が過ぎてます。
念のために登山用のヘッドライトも持参しましたが、その必要はありませんでした。もちろん真っ暗です。写真はストロボを発光させています。
手前から10メートルくらいはコンクリート製のトンネルです。その向こうにレンガ色のアーチが見えます。
ねじりまんぽが始まってすぐのところに、コンクリート製の梁が走ってます。
左回転でねじれている様子がよくわかります。
明治の時代に作られた産業遺跡です。それにしても鮮やかなレンガの色に感心するばかりです。
南側出口から振り返りました。
南側出口はこんな具合です。
軽四の向こうに入口はあります。南側からはわかりにくいです。
北側は京都市西京区牛ケ瀬奥ノ防町、南側は同牛ケ瀬青柳町です。
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茨木市で昼飯になりました。目的地の途中に、「あそこ、おいしいよ」と車で前を通ったときに教えらた店があったのを思い出しました。待ちは10人もいません。まあ、このくらいならと最後尾につきました。
「つけ麺」(800円)です。麺の量が並は200グラム、大盛は300グラム(900円)です。
そばのような色をしています。おまかえに黒いプツプツまであります。よく冷えて、エッヂのきいた丁寧に作られた麺です。
つけ汁は、控えめながらしっかりとした魚介ベースの味です。
ブロックのように大きなチャーシューの固まりが、いくつも沈んでいます。
カウンターだけ8席ほどです。イスの間隔が広くて、ゆったりとしています。
麺屋 一慶
072-601-1133
茨木市竹橋町8-2 ホウキビル 1F
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若狭で揚がった「笹かれい」です。笹の葉のようなきれいな流線型をしています。
味も体に似て、無駄な脂をしぼってきりりとしています。
お相手は、大吟醸「浅茅生(あさじお)」です。清酒はあまり口にしませんが、これだけは別です。よく冷やしたのが、のどを滑ります。最高の組み合わせです。
大津・平井商店の自信作です。
こんなのも・・・。
「ひろうす」です。これって京言葉なんでしょうか。料理教室では「飛竜頭」でした。「がんもどき(雁擬き)」といえばおでんですね。
こんなのも・・・。
ああ、酔った・・・。
本日は、甘辛両刀でした。
JR高槻駅北側の芥川商店街で買い物をしました。そこで「コーヒーぜんざい」(450円)が無料というサービス券をもらいました。さっそく指定のコーヒー店「マウンテン」に行ってみました。芥川商店街をここまで西側に来ることは、ほとんどありません。
自家焙煎のコーヒーやオリジナルのハーブティー、紅茶などが並ぶ奥にカウンターがあります。
よく冷えたコーヒーゼリーの上にバニラアイスとたっぷりの小豆が載ってます。
「お作法があります。コーヒーゼリーと一緒にスプーンですくって食べてください」。気さくなマスターが声をかけてくれました。なるほど、コーヒーゼリーには甘みはないので、小豆と調和して口の中に広がります。ペロリと平らげてしまいました。
愛用の昼飯カメラ(RICOH GRDigitalⅢ)をもっていなかったので、ポケットのiPhoneで撮影しました。なかなか撮れるものです。
自分で頼むことは考えられないメニューを楽しむことができました。
自家焙煎珈琲専門店 マウンテン
高槻市芥川町2-8-21
072-681-2351
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