京都を歩く 東山山麓の社寺を巡る

 朝の京都は冷え込んだようです。でも良い天気でした。
 京を、いや今日も歩きました。銀閣寺からスタートして、平安神宮、青蓮院、知恩院、円山公園、清水寺、智積院と東山山麓の社寺を巡りました。
 三十三間堂では、通し矢が行われていました。晴れ着姿のお嬢さんたちが、たすきをかけて弓を引く姿を拝見しました。


 京都市バスの銀閣寺道から歩き始めました。

 銀閣寺は参拝せずに、哲学の道へ曲がりました。
 この橋のたもとには、ちょっと気難しいおなじみのおじさんが十年一日、いやそれ以上も座っています。ケネディ・コインなどのコインを糸鋸でくり抜いて、ペンダントにして売っているのです。

 人は人 吾はわれ也 とにかくに吾行く道を吾は行なり  寸心
 哲学の道と呼ばれるようになったのは、西田幾多郎博士が歩いた道だからです。碑には博士晩年の自筆が刻まれています。

 疏水は寒々としています。

 光雲寺からは読経の声が聞こえてきます。

 岡崎神社は、うさぎ像やうさぎみくじで昨年は大盛況でした。わたしも京都十六社朱印めぐりでやってきました。

 平安神宮にお参りしました。

 四神相応の地として北の玄武・上賀茂神社、東の青(蒼)龍・八坂神社、南の朱雀・城南宮、西の白虎・松尾大社を巡ってきました。そこに桓武天皇を祀る平安神宮を加えた「五社めぐり」も達成となりました。

 平安京の朝堂院の8分の5の大きさで再現されています。大極殿を中央に、東に蒼龍楼、西に白虎楼が連なります。

 いただいたご今年の朱印は「蒼龍」がデザインされています。

 毎年、変わるようです。

 フリーマーケットが開かれていました。

 デゴイチ(D51)のプレートが並んでいました。あまりにもきれいすぎるようですが。

 今は京セラ美術館と呼ばれる京都市美術館です。
 プレートを見て思いだしました。18年前に撮影した画像を重ねました。当時から消されていた部分には「大礼記念」とあったのです。昭和3年に京都で挙行された天皇即位の大典を記念して、8年に開設されました。

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 神宮道を南下して、クスノキの大木が茂る青蓮院です。

 知恩院の山門には、いつもながら圧倒されます。

 いい日和となってきました。円山公園では、大勢の人が弁当を開けたりしていました。

 秀吉の北政所、ねねゆかりの高台寺は、ご覧の人並みです。

 二寧坂を上ります。

 清水寺は、チャイニーズら外国人観光客に占拠されています。

 京都タワーが臨めます。あそこがゴールです。

 清水寺を抜けて進むと、京都一周トレイルのコースと合流します。たくさんのハイカーが歩いていました。

 国道1号東山バイパスを潜って、さらに南へ。

 正林寺の立派な山門です。小松谷と書かれているのを見て、新平家物語に登場する平重盛(清盛の嫡男)のことを思いだしました。調べてみると、やはり重盛邸の小松殿の跡地でした。

 山の上に秀吉の墓所、豊国廟があります。

 京女(京都女子大、中、高)に続くおんな坂を下ります。

 智積院も立派です。

 三十三間堂がきょうは無料でした。

 通し矢が行われていました。昔は成人の日の恒例行事でしたが、成人の日が15日を離れてしまいました。

 それにしても弓道愛好家が、これほどたくさんおられるとは知りませんでした。
 長い行列を並んで通し矢を射る場所も見学できましたが、撮影禁止でした。

 鴨川を渡り、移転してきた京都市立芸術大学の立派なキャンパスを横目にしました。

 京都駅でゴールとしました。