京街道を上る 「山中越」は石仏ロード 荒神口へ

 「京七口」のひとつが荒神口です。河原町通の丸太町と今出川の中間に、現在もその名の交差点があります。大津・南志賀町から山中町を経て北白川を通り都へと上った山中越(志賀越)の終点です。
 長かった連休最後の一日、京都も夏日になった晴天の下を歩きました。

 10:54=山中越は石仏ルートでもありました。
 山中町に残る「重ね石」です。2つ重ねたような岩肌に、小さな仏像が4体、彫られています。道中を往来した旅人の安全を祈ったものだと考えられているそうです。


 10:09=山中越の出発は琵琶湖畔の南志賀です。でも、峠道を、しかもクルマの往来が激しいアスファルト道を上る元気はなく、「田ノ谷(たのや)峠」から歩きました。JR京都駅から乗ってきた比叡山山頂行きの京阪バスは、比叡山ドライブウェーに入ります。

 10:14=京都までは10キロの道のりです。

 10:29=しばらく歩くと山中町を通る旧道と分岐します。

 10:35=クルマの通行は少なく、静かな大津市山中町を進みます。 

 10:37=西教寺の門前に立つ阿弥陀仏です。鎌倉末期の作だそうです。

 10:39=路傍のお地蔵さんです。

 10:41=極楽寺の門前の石仏群です。

 10:43=裏側にも石仏が並んでいます。

 10:49=下鴨-大津線と山中町に至る京都側の分岐近くにある役行者洞です。

 10:53=役行者洞の前から草に覆われた階段を川原に下りました。廃屋に向かって進むと、右手に現れる「重ね石」の石仏です。廃屋は、朽ち果てようとしています。

 10:55=重ね石の前が、近江(滋賀)-山城(京都)の国(府県)境です。

 11:02=白川の清流を背に咲くシャガがすがすがしいです。

 11:05=地蔵院まできました。ここにはラジューム温泉があります。のぞいてみたら、風呂屋と同じ靴入れが並んでました。

 11:12=「身代わり不動」(右)の前にもお地蔵さんです。

 11:22=フジが咲いてます。向こうから京阪バスがやってきました。

 11:32=日天寺の参道は、斜度45度といえばオーバーでしょうか。それに近く、階段脇には専用のケーブルカーが設けられています。

 11:33=布袋尊です。メタボなんて気にすることないよと言わんばかりに微笑んでいます。石材屋のようです。

 11:37=白川の流れも大きくなりました。秋に来れば、紅葉が見事でしょう。

 11:45=市バス「北白川仕伏町」の突き当たりにある乗願寺です。静かな境内にはフジとシャクナゲが見事なコントラストを描いてました。

 11:55=北白川天満宮の門前に「白川女」をデザインした火がありました。

 12:01=白川通と交差します。愛宕山の常夜灯が残ります。

 12:05=京大人文科学研究所の横を通ります。

 12:08=疏水を越えました。インクラインから南禅寺の水路閣、哲学の実道と流れてきた水路です。下鴨のわたしの実家近くに至ります。

 12:11=今出川通からの分岐に立つ子安観音です。鎌倉時代の石仏だそうです。 

 12:12=隣にはお地蔵さんが。

 12:15=北白川阿弥陀二尊です。

 12:25=山中越の道は、京大キャンパスで途切れます。南に迂回したところが、吉田神社の参道です。

 12:26=京大のシンボル・時計台です。

 12:39=東一条の交差点から西南西に進み、川端通まできました。歩いてきた道を振り返ります。

 12:42=荒神橋の上から見た比叡山(左)と大文字山(右)です。きょうは黄砂の影響か、かすんでます。

 12:52=荒神口の由来となった清荒神です。

 12:53=ここにも地蔵さんが祀られてました。

 12:54=「荒神口」の表記が残る河原町通り交差点です。左の車が駐車しているスペースに、かつてはジャズ喫茶の「しあんくれーる」がありました。

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