千日前いづもやのまむし

いづもや2

 柳吉はうまい物に掛けると眼がなくて、「うまいもん屋」へしばしば蝶子を連れて行った。彼にいわせると、北にはうまいもんを食わせる店がなく、うまいもんは何といっても南に限るそうで、それも一流の店は駄目や、汚いことを言うようだが銭を捨てるだけの話、本真にうまいもん食いたかったら、「一ぺん俺の後へ随いて……」行くと、無論一流の店へははいらず、よくて高津の湯豆腐屋、下は夜店のドテ焼、粕饅頭から、戎橋筋そごう横「しる市」のどじょう汁と皮鯨汁、道頓堀相合橋東詰「出雲屋」のまむし、日本橋「たこ梅」のたこ、法善寺境内「正弁丹吾亭」の関東煮、千日前常盤座横「寿司捨」の鉄火巻と鯛の皮の酢味噌、その向い「だるまや」のかやく飯と粕じるなどで、いずれも銭のかからぬいわば下手もの料理ばかりであった。
 新世界に二軒、千日前に一軒、道頓堀に中座の向いと、相合橋東詰にそれぞれ一軒ずつある都合五軒の出雲屋の中でまむしのうまいのは相合橋東詰の奴や、ご飯にたっぷりしみこませただしの味が「なんしょ、酒しょが良う利いとおる」のをフーフー口とがらせて食べ、仲良く腹がふくれてから…

いづもや1

 織田作之助の「夫婦善哉」にも登場する「まむし」のいづもやです。「うまいのは相合橋東詰の奴」という店はなく、「千日前の一軒」です。
 腹開きしたウナギの蒲焼きが、ご飯に「まむし」てあります。
 当たり前の町の食堂の風情です。まむしは蒲焼きが2切れは「並」(750円)、3切れだと「上」(1050円)、4切れだと「特」(1400円)。「ご飯の量は一緒やし」と。
 で「上」と肝吸いを頼むと、「はい、1250円」とその場で支払い。待つ間もなく、蒲焼きがご飯に隠れたまむしが登場しました。まあ、「夫婦善哉」のイメージがありすぎたのか、お味の方はそこそこ。ウナギは、ご飯の水分を吸ったためか、ちょっとデレーッとしてました。

いづもや3

いづもや4

 千日前いづもやは、千日前と南海通の角にあります。