麦畑以外にはなにもない炎天下のメセタを越える難関ステージ。ところが、この日は曇天。暑さからは逃れられたが、輝く黄金色の大地は見られなかった。
丘の上に城跡が残るカストロヘリス。ここまで30km超を歩いた。
ブルゴスで1日、休憩のはず。ところが1日目に半分、2日目に1.5日分歩いたので、先を行ったはずの日本人仲間に追いついた。
みんなで一緒に夕食。まやさん、早大くん、弘前大くん、S氏とともに。
【05:59】
ピレネー越えに次ぐ難関、メセタ越えの日。気合が入っていた。
【06:35】
ラベ・デ・ラス・カルサーダスのカフェで朝食。カウンターの向こうのおやじさんは「どこから来たんだ? ハポンか。これもって帰れ」と愛想が良い。
プレゼントされたのはミサンガだったのか。ガイドブックのしおりとして使った。
【7:37】
カフェで一緒だった4人とともに歩く。
【08:24】
オルニージョス・デル・カミーノまでの8.2kmは、なにもなかった。
【09:08】
再び麦畑の中を進んだ。
今はトラクターもあるが、昔はどうやって収穫したんだろう。村からやってくるだけでたいへんだ。
はてしなく道は延びていた。先が見えているだけにうんざりとする。
【10:23】
やっと次の村、オンタナスの教会が見えてきた。
当初はここまで歩くつもりだった。
巡礼路はさらにメセタの中を延びていた。
カフェに吸い寄せられた。
生ハムのボガティージョをかじる。
ここで弘前大kんと出会った。これから歩き始めるという。まだ時間も早いのでわたしも後を追った。
メセタ越での息抜きは、「メセタを越えた最年少のピルグリム」で書いたベンジャミンくんの存在だった。
サン・ミュゲルの遺跡を横目で通過。
緑地にするにはたいへんな努力がいることがわかる。大規模なスプリンクラーで灌漑していた。
サン・アントンの修道院跡を巡礼路が突っ切っていた。
【12:20】
カストロヘリスの城跡が丘の上に残っていた。
やっと村の入口。丘に沿ってカストロヘリスは延びていた。
【14:30】
きれいな公営アルベルゲ。ホスピタレイロは親切だった。
夕食は日本人仲間5人で自炊。といっても、S氏がご飯を炊いてくれ、あとはスーパーメルカドで仕入れてきたトマトやワインを並べるだけ。「銀シャリ サイコー!!」だった。
【20:27】
朝日は毎日のように見ているが、夕日が落ちるのを見るのは珍しい。
黄昏るアルベルゲの庭。
何を見ていたのか。」
スマホで動かしているアプリ、RunKeeperは途中で誤動作して5キロほど余計に計測している。それを差し引いても30キロは歩いた。