愛宕山 ケーブル廃線跡を直登する

 京都の西北にそびえる愛宕山。その麓の清滝から山頂に向けて、かつてケーブルカーが走り、山頂にはホテルや飛行塔がそびえる遊園地があったそうです。昭和初めのころです。太平洋戦争末期に鉄供出で廃線になってから、すでに75年ほどの歳月が流れました。今でもコンクリートの軌道敷は残り、いくつものトンネルをくぐるちょっとした「探検ルート」になっていました。
 独りで出かけたものの、怖気づいて途中で引き返したことがありました。今回は、山仲間2人の同行もあって念願の「ケーブル廃線跡を直登」を達成しました。

 廃線ルートには6つのトンネルがあります。2つは通行不能ですが、残りは暗闇を進みました。
 第1トンネルの出口は、土砂が流れ込んでいました。

 路肩が崩れ落ちていて、こわごわ進みました。

 山頂のケーブル愛宕駅が、雑木林の中の広場に取り残されていました。

 愛宕山の山頂からは、遠くの山々がきれいに臨めました。比良連山の蓬莱山から武奈ヶ岳までもくきっりとしていました。


 【2018/11/15 09:34】
 阪急嵐山からの京都バスで清滝に着きました。わたしは8時すぎに家を出ましたが、三田からやって来た友は6時半前の出発だったそうです。

 紅葉にはちょっと早いようでした。

 表参道を横目にしました。

 「ケーブル清滝川駅跡」の案内板です。
 愛宕山鉄道は、嵐山駅から清滝駅までの普通鉄道路線(平坦線)と、清滝川駅から愛宕駅までのケーブルカー(鋼索鉄道)があり、昭和4年に開通しました。
 ケーブルは全長2キロ。当時は「東洋一」と宣伝されたそうです。

 駅舎の階段が残っていました。

 軌道敷が山頂に向けて延びていました。「侵入禁止」の表示にちょっと後ろめたい気持ちにさせられましたが、そのまま進みました

 この秋の台風の被害が残っていました。この先が気になりましたが、それほど問題はありませんでした。

 【09:54】
 最初のトンネル(第1トンネルとしておきます)までやってきました。独りでやってきたときは、ここで引き返しました。
 出口が見えていました。念のため、ヘッドランプをもってきましたが、必要ありませんでした。

 第2トンネルは、内部もきれいでした。

 振り向くと、天気予報通りに青空が広がっていました。

 【10:11】
 第3トンネルは内部が崩落しているそうです。右側の巻き道を登りました。

 しっかりとしたう回路がありました。

 第3トンネルの出口まで回り込みました。内部は荒れているようでした。

 次の第4トンネルは、短くて問題ありませんでした。

 【10:42】
 一番長い第5トンネルまで来ました。ここも通行不能です。右側に巻き道がありました。 

 トラロープも張られた急坂をよじ登りました。このルートの最大の登りでした。

 表参道から空也の滝方面に下る林道と交差しました。ちょっとひと息つきました。

 第5トンネルのポータル(坑門)の上部が見えてきました。

 ルートは間違っていませんでした。これで難関部分はクリアしました。

 第6トンネルは短く、これでトンネルは終了しました。

 比叡山から大文字山までのスカイラインが臨めました。

 後は、直登ルートを黙々と進みました。(Oさん撮影)

 【11:29】
 山頂の駅舎が見えてきました。
 ケーブルカーは11分で到着したそうですが、わたしの足では1時間半かかりました。

 ケーブル愛宕駅の立派な駅舎が残っていました。

 駅前の広場で昼飯にしました。

 昼飯は、阪急嵐山駅前のコンビニで買ってきた助六寿司と即席みそ汁でした。

 駅舎の2階ベランダから、梯子が屋上に延びていました。

 となれば登るしかありません。

 亀岡方面がよく見えました。

 駅舎の1階です。ここにケーブルを待つ客が詰めかけたのでしょう。

 なかなか立派な建物です。

 地階には、ケーブルを引っ張る動力があったのでしょう。

 ホームの跡です。

 廃墟感が満点でした。

 ここを訪れる人は少なく、踏まれることもないであろう落ち葉です。

 【12:28】
 ゆっくりと休憩して、再スタートしました。すぐにホテル跡があるはずでしたが、一度は通り過ぎました。

 ちょっとバックして踏み跡をたどると、建造物の基部が残っていました。
 

 このあたりには愛宕遊園地があったのです。

 「愛宕ケーブル沿線案内図」というのがネットにアップされていました。お借りしてきました。飛行塔も描かれています。

 この飛行塔は、同行のOさんの育った大阪・千里山にあった「千里山遊園」の飛行塔と製作者が同じだったそうです。

 建物の跡が、木々の間に残っていました。

 立派なホテルの廃墟でした。

 木々の間から京都市街が臨めました。当時は視界を遮るものがなかったのでしょう。

 【12:59】
 表参道と合流しました。水尾別れの休憩小屋のちょっと上部でした。

 表参道が、台風の被害で荒れていると聞いてましたが、その痕跡が残っていました。これだけの作業はたいへんだったはずです。

 大木が倒されていました。風の威力がわかりました。

 幼稚園児でしょうか。かわいい一団とすれ違いました。

 黒門まで登ってきました。

 正面に大文字山が見えました。

 最後の階段でした。

 愛宕神社の山門です。

 【13:41】 
 「登山安全」を祈願しました。

 「火迺要慎(ひのようじん)」の御守は、京都の民家には必ず掲げられていたものです。わが家には、掲げる「おくどさん(台所)」もないので、朱印をいただきました。

 急な階段を登ってきたものです。下りになって、その勾配を実感しました。

 素晴らしい眺めでした。比叡山の向こうに伊吹山がそびえていました。

 鈴鹿の山々も連なっていました。特定できませんでしたが、春に登った藤原岳も見えていたのでしょう。

 【14:17】
 愛宕山の頂上です。三角点がありました。

 清滝に向けて下山しました。

 【14:42】
 当初は最短コースの大杉谷林道を行くつもりでした。道が荒れていそうなので、月輪寺を通っていく道を選びました。

 法然上人ゆかりの月輪寺です。よくぞ、こんな山の上に建てたものです。

 【15:34】
 帰りのバスを意識しながら、一気に急坂を下ってきました。

 清流の谷が、あわれに荒れ果てていました。

 見上げると、ケーブルの軌道敷が横切っていました。

 【15:57】
 清滝まで戻ってきました。平日は1時間に1本の3時台のバスには間に合いませんでした。

 次のバスを待つ間に、清滝トンネルまで行ってみました。ここを愛宕山鉄道の平坦線が走っていたのです。

 京都バスで阪急嵐山まで戻り、桂で途中下車しました。駅前の大阪王将で「ご苦労さん!」。疲れのためか、ブレていました。

 わたしのYAMAPは本日も不調でした。Sさんの軌跡を借りてきました。