北嵯峨をぐるり 嵯峨富士を踏破する

 京都・北嵯峨にある大沢池、広沢池を取り囲むような2つのピーク、長尾山、遍照寺山を巡りました。
 遍照寺山は、またの名を嵯峨富士と呼びます。全国に別称を含めて300座を超える「富士」と名の付く山のひとつですが、標高は20分の1にも及びません。それでも歩き応えがありました。
 広沢池畔に咲く名残の八重桜ごしに眺めました。なるほど、均整の取れた姿をしていました。 

 大覚寺から歩き始めました。御廟山の山頂に平安初期の嵯峨天皇の嵯峨山上陵がありました。

 気持ちのよい山道が続いていました。京見峠には地蔵が祀られていました。

 遍照寺山の標高はたったの167mです。それにしては結構なアップダウンが続くルートでした。

 【2023/04/11 10:23】
 阪急嵐山から京都バスに乗って大覚寺までやってきました。
 嵐山の渡月橋のあたりは、観光客でごった返していました。こちらは静かです。

 杉が根元近く枝打ちされて、奇妙な格好をしています。

 嵯峨天皇陵への遥拝道です。長い石段が続きます。

 つづらにどこまでも続きます。汗が噴き出しました。

 振り返ると、かなたに広沢池が、その左が遍照寺山です。

 大沢池の手前には、朱塗りの塔が見えます。

 嵯峨天皇陵まで登ってきました。
 カタクリの花を見に行った小塩山の頂上にあった淳和天皇陵は、異母弟の陵です。

 御陵から北へと、よく踏まれた道が続いていました。

 急坂にはロープも張られています。

 視界が開けたところに、休憩スポットがありました。

 正面が愛宕山です。

 木株に彫り物が飾られていました。

 しゃれたベンチが、あちこちにあります。

 ミツバツツジが満開です。

 【11:31】
 長尾山(295.9m)まで登ってきました。本日の最高点です。

 春霞のせいでしょうか。視界はよくないです。まだ黄砂はやって来てないはずです。

 山でいただきながら、冷蔵庫で眠っていたゼリーを持ってきました。冷たくておいしかったです。

 三角点がありました。

 つつじロードは続きました。

 何かの施設のフェンス越しに進みました。

 地蔵が並んでました。

 石段を下りてくると、外国人2人組が左手に歩いていくのが見えました。わたしも行ってみました。

 京都市上下水道局長刀ポンプ所と看板のかかった施設でした。さらに下ると民家につながるようでした。

 バックしてきて広い道を下りかけました。少し歩いてYAMAPを確認すると、ルートを外れていました。正解は左の山に登る細い道でした。

 道標の類は一切ありません。踏み跡があちこちに延びていました。YAMAPのおかげで軌道修正しながら進みました。
 遍照寺山への分岐は、このテープだったようです。

 【12:21】
 分岐から5分も進むと、遍照寺山でした。眺望はありませんでした。

 さらに進みました。広沢池と遍照寺山です。

 頂上展望台との看板があります、でもロープが張られており、広沢池の東にある宗教施設の敷地のようでした。少しだけお邪魔しました。

 目の下に広沢池が広がっていました。

 反対側からは京都市街と京都タワーが確認できました。

 真っ赤なツツジが咲いていました。

 モミジも美しいです。

 車道に出て、ちょっと下ると山越の交差点でした。

 広沢池畔を歩きました。
 この辺りからは、遍照寺山に連なる北の尾根が見えて、あまり格好よくはありません。

 もう少し歩くと、二等辺三角形の富士になりました。池に逆さ富士が写っていました。

 遍照寺山の名前の由来となった広沢山遍照寺を参りました。源氏物語にもゆかりの古い寺でした。

 藤の花がいっぱいに咲いていました。

 月桂樹ですかね。いっぱいに黄色い花をつけています。

 【13:25】
 丸太町通に出て広沢御所ノ内町のバス停をゴールとしました。