立山登山 その1 前泊の室堂へ

 立山登山の初日(9日)です。登山口のある室堂までやって来て、山仲間の4人と立山をバックに並びました。
 直前に日本に上陸した台風13号の影響を被りました。当初計画より1日延期しました。この日も午後からは降雨の予報でした。室堂に着いたときは、立山を覆っていた雲が徐々に晴れてゆきました。

 青空が広がった立山上空です。主峰の雄山(3003m)から鞍部の一の越までの稜線がくっきりと眺められました。
 翌日、この急な岩場の道を登りました。

 澄んだ湖面が美しいミクリガ池まで散歩しました。

 立山室堂山荘に泊まりました。夕食は地元の銘酒「立山」で乾杯しました。

 【2023/09/09 08:13】
 JR京都から金沢行きの特急サンダーバード5号で出発しました。

 三田と西宮からやって来た仲間と合流です。

 金沢で北陸新幹線つるぎに乗り換えました。
 金沢は5日前に青春きっぷで訪れたばかりでした。その時は各停の乗り継で5時間ほどかかりました。 

 【11:05】
 富山に到着しました。

 富山駅の食堂街で昼食に白えび天丼を食べました。おいしかった。

 富山 白えび亭の白えび天丼

 富山地方鉄道で立山に向かいます。

 仲間がネット予約したWEBきっぷ発券しました。

 立山アルペンルートの室堂間の往復乗車券です。往路の立山ケーブルカーの時間だけが予約済みでした。

 立山行きの電車に乗ります。
 富山地鉄には、大都市の鉄道会社の老朽車両が移籍してきています。これは東急の車両でした。

 カラーこそ違いますが、昔の京阪特急が向こうから走ってきました。

 古びた駅舎が素敵な岩峅寺(いわくらじ)です。芦峅寺とともの立山信仰の中心地だったところです。

 50分ほど乗って間もなく終点の立山です。

 立山駅の向こうのホームに、カラーもそのままの旧京阪特急が止まっていました。
 わたしが学生時代に通学で乗っていたころ、新型車として導入された車両です。ヘッドマークが懐かしいです。

 立山-美女平間は立山ケーブルカーに乗り継ぎます。
 荷物用車両が併設されています。黒部ダム建設のための資材を運搬し以来の名残です。

 美女平から室堂間は、バスに乗ります。

 落差350mと日本一を誇る称名滝が見える滝見台です。残念ながらガスに包まれて視界はなく、バスは通過しました。

 天狗平辺りまで上がってくると、雲の上に出ました。

 室堂が近づいたきました。この時点では、立山は雲をかぶっていました。

 【14:20】
 室堂に到着しました。

 向こうに見える立山室堂山荘に向かいます。この辺りは観光地です。

 ヤマハハコが咲いています。

 立山室堂山荘に到着です。

 ここで1泊しました。

 1泊2食で11,550円です。未明に出発するので、朝食を朝弁に替えてもらいました。10畳間で5人の相部屋でした。

 すぐ近くに室堂が残っています。江戸時代の立山信仰の参拝者の宿泊地でした。内部(撮影禁止)には、当時の参拝登山者の様子がうかがえる資料が展示されていました。

 リンドウが青い蕾を膨らませています。

 イタドリが埋め尽くして


 
 尾根の左の続きに剱岳がそびえているはずですが、雲に覆われたままです。

 ちょっと離れていました。アオノツガザクラでしょうか。

 ミソガワソウ?

 立山開山伝説の聖地、玉殿岩屋です。雄山を望む板状節理の岩場に口を開けて並ぶ2つの洞窟があります。

 古い石仏などが並んでいます。

 もう一つの洞窟です。
 昔の立山参拝者がここで宿泊したとも考えられています。

 なんと驚くことに、こんなところでカップルがウェディングドレス姿で前撮りをしていました。

 立山の上の雲がなくなりました。予報ではこの時間は雨が降るはずでした。

 シラタマノキがまさに白玉です。

 チングルマがワタスゲになっています。

 キジムシロの黄色い花です。

 ミクリガ池までやって来ました。左から吹き上げる白いガスは、地獄谷からの噴煙かもしれません。

 室堂山荘に戻り、入浴しました。温泉ではありませんが、広くてきれいな浴場でした。
 風呂上りには、待ってましたと缶ビールで乾杯です。

 部屋の窓を開けると、雄山頂上にある雄山神社がよく見えました。

 夕食です。エビフライにコロッケと並びました。山小屋の夕食にしては豪華版でした。

 美女の酌で熱燗をグイ。たまりません。

 わたしは立山を冷やでいただきました。

 土曜日でしたが、立山室堂山荘は予想に反して空いていました。静かにくつろげました。

 *わたしが写っている画像は、仲間の撮影です