清水坂 京のブランド

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 清水坂を歩きました。
 産寧坂との角にある「七味家」です。昔からここにあります。ここの七味は、わが家に欠かせない一品です。

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 八つ橋は、いくつかの店がつくってます。清水坂で見る限りは、「西尾」が優勢です。

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 かつては、圧倒的シェアだったはずの「聖護院」です。

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 生八つ橋に餡をつめた「おたべ」も人気商品になりました。
 さらに続きます。

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鉾立ての夜の祇園祭

祇園祭1

 早くも提灯に灯が入った函谷鉾(かんこぼこ)です。まだ鉾立ての夜(12日)です。祇園ばやしも流れてきます。

祇園祭2

 提灯の電球は、今年から白熱球をやめて、省エネタイプの蛍光電球に換えたそうです。気のせいか、明るいようです。

祇園祭3

 菊水鉾でもはやしがはいってました。

祇園祭6

 粽(ちまき=1000円)をかうと、鉾に登らせてくれました。
 「蘇民将来子孫也」。マンションですが、玄関に掲げておきます。

祇園祭4

 ちょっと早い時間です。長刀鉾(なぎなたぼこ)では、まだ屋根に職人があがって作業中です。

祇園祭5

 まだ骨組みがむき出しの鉾です。釘は使わず、縄で組み上げていきます。

東海道五十三次 ゴール!!

 08/03/24
 
 お江戸日本橋から500キロにならんとする距離を歩き継いだサトウに敬意を表して、最後の石山ー三条大橋間を、「どたぐつ3」のみんなで歩きました。

 9:09

 あいにくの曇天となった。
 石山から膳所に向かう。

 9:18

 篠津神社の門は左右非対称。膳所城の遺構をを移築したそうだ。

 9:34

 膳所神社には、篠津神社と同じ造りの門が。

 9:43

 

 10:32

 すだれ屋が残っている。琵琶湖の葦でで作るのだろう。

 10:02

 義仲寺に着いた。

 11:05

 10:06

 「古池や…」の有名な芭蕉の句碑。
 芭蕉の墓と朝日将軍・木曽義仲の墓は背中合わせ。

 11:07

 10:12

 バショウが枯れている。

 11:10

 国道1号に沿って逢坂山を越える。

 11:13

 逢坂の関。

 11:54

 京都市に入る。マンホールの蓋は、中央に京都市章。周りに御所車の車輪がデザインされているが、あっさりとしている。

 12:23

 山科駅前で、ちょっと早いが乾杯!!

 12:35

 昼食は、海鮮丼セット。

 12:56

 ラクト山科の東東来にて。

 14:04

 蹴上のインクライン。満開の桜の下を歩くはずだったが、まだつぼみ。おかげでだれもいない静かさ。

 14:39

 京都・三条大橋にゴール!!
 労をねぎらって、三条大橋では舞妓さんが出迎えてくれました。ウソです。舞妓衣装に身を包む体験中のしろうとさんです。

 14:40

 五十三次を歩き通して満足の表情。

 14:41

 弥次さん喜多さんの像の前で。撮影は佐芳カメラウーマン。

 14:42

 親子で。

 14:54

 こんな手ぬぐいが記念に配られました。ありがとう。

祇園祭の路地

くろちく1

 一瞬の静寂です。
 祇園祭はきょうが宵山。鉾町は、昼からにぎわってます。
 とある路地に入ってみると、その喧噪が嘘のようです。祇園囃子も聞こえてきません。

くろちく2

 「京都市中京区新町通錦小路上ル百足屋町380」というのがその路地の所在地です。
 だからでしょう。提灯に書かれた百足屋は、「むかでや」です。それはわかりましたが、百千足館は・・・、「ももちたるかん」だそうです。2階には能舞台もあるそうです。

くろちく3

 新町通に面した入り口です。
 民家を再生させて、カフェやイタリアンレストランなんかができています。本日は、前を通っただけです。

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琵琶湖疏水の洞門石額

疏水の洞門石額1-1

疏水の洞門石額1-2

 琵琶湖から京都・蹴上を結ぶ琵琶湖疏水ができたのは、明治23年(1890)のことです。洞門(トンネル)の上には、明治の元勲らの筆になる石額が彫り込まれています。
 久しぶりにMy折りたたみ自転車DAHONで走りました。
 「氣象萬千(きしょうばんせん)」 伊藤博文 筆
 千変万化する気象と風景の変化はすばらしい(宋・岳陽樓記の一部)
(訳文は京都市上下水道局のHP「琵琶湖疏水の洞門石額や石碑をご案内」から=以下も同じ)
 第一疏水は、琵琶湖畔からまっすぐに三井寺に向かって流れ出します。
 第1トンネルは長さが2436メートルもあります。ほとんど人力だけで掘った難工事だったそうです。 

疏水の洞門石額2-1

疏水の洞門石額2-2

 「廓其有容(かくとしてそれかたちあり)」 山縣有朋 筆
 悠久の水をたたえ、悠然とした疏水のひろがりは、大きな人間の器量をあらわしている
 京から大津に抜けるメインルートは逢坂越ですが、もうひとつ小関越というのがあります。かなりの急坂を越え、山科に下りました。住宅地が始まるあたりに、第1トンネルの出口はありました。

疏水の洞門石額3-1

疏水の洞門石額3-2

 「仁似山悦智為水歓歡(じんはやまをもってよろこびちはみずをもってなるをよろこぶ)」 井上馨 筆
 仁者は知識を尊び、知者は水の流れをみて心の糧とする(論語)
 護岸がきれいに、あまりに人工的に整備されています。これじゃ、まるで「とゆ」です。どうしてこんなことをするのでしょうか。

疏水の洞門石額4-1

疏水の洞門石額4-2

 「隨山到水源(やまにしたがすいげんにいたる)」 西郷従道 筆
 山にそって行くと水源にたどりつく
 第2トンネルの出口は、きれいな煉瓦が積まれています。

疏水の洞門石額5-1

疏水の洞門石額5-2

 「過雨看松色(かうしょうしょくをみる)」 松方正義 筆
 第3トンネルの手前には、日本で最初の鉄筋コンクリート製の橋がかかっています。

疏水の洞門石額6-1

疏水の洞門石額6-2

 「美哉山河(うるわしきかなさんが)」 三条実美 筆
 なんと美しい山河であることよ
 武者小路なにがしの専売特許のような言葉ですが・・・。
 インクラインの上部から見える洞門です。かなり距離があるので、望遠レンズ(420ミリ)に、1.7倍のテレコンバーターをつけて写しました。

疏水の洞門石額7-1

疏水の洞門石額7-2

 「雄觀奇想(ゆうかんきそう)」 北垣国道 筆
 見事なながめとすぐれた考えである
 インクラインをくぐる「ねじりまんぽ」の上にあります。
 北垣国道は、琵琶湖疏水の建設にあたった第3代京都府知事です。
琵琶湖から京都・蹴上までの詳細は、HP版「琵琶湖疏水の洞門石額」をごらんください。
 

そうだ、みんな京都にやってきた

ここはどこ! 1

 寺町二条を上がったお茶の一保堂です。でも、なに。この人だけかりは。昔を知っている身には、ただただ驚きです。

ここはどこ! 2

 同じ寺町の姉小路の角にある鳩居堂です。こちらも薄暗い店内に、客はほとんどいないのが常でした。それが、どうしたことでしょう。

ここはどこ! 3

 とどめは三条です。なに、この人の多さは。新しい店がいっぱいできているのは・・・。
 すっかり浦島太郎になった感じです。

右往左往です

看板1

 どちらに行けばいいのでしょうか? 京へ向かって西へ歩いているとき、左手にあった看板です。なのに京都市は左です。それなら大津市は? この付近は府県境が入り組んでいたので、間違いではないようですが、それにしても…。

看板3

 ヘンな看板です。何を商売としても結構ですが…。

看板2

 ヘンな看板です。「雁金屋」は「かりがねや」でしょうか。でも何の商売でしょうか?
 いずれも東海道五十三次の最後の区間を歩いた大津市内で撮影しました。
 右往左往です。このサーバーも、「Apache」を征服できずに、結局、もとの「An Httpd」に戻しました。さっそく、以前のトラブル再現です。右も左も袋小路です。

京都・三条大橋にゴール

三条大橋

 東海道五十三次。お江戸・日本橋から京・三条大橋までは126里6丁1間(492.1キロ)の道程です。
 これを彼は25日で歩きました。もちろん、連続ではありません。川崎市に住む彼は日帰りで、そして1泊で歩き継ぎました。旅の詳細は彼のブログ「どた3」は永遠にをご覧ください。
 わたしも、蒲原-江尻、丸子-掛川、桑名-土山、石山-京と7日間、一緒に歩きました。
 労をねぎらって、三条大橋では舞妓さんが出迎えてくれました。ウソです。舞妓衣装に身を包む体験中のしろうとさんです。

踏破記念

 踏破の祝宴は、お手軽に三条大橋のすぐ近くの「珉珉」で餃子パーティーとなりました。
 餃子、若鶏の唐揚げ辛み味噌味、鶏肝の唐揚げ、春雨のサラダ、春巻き、酢豚。もちろんビール付きでした。
 記念に配ってくれた手ぬぐい(お先に公開してゴメン!)が、彼の気持ちを表現しているようでした。

京都・花遊小路を抜けると~ SOU・SOU

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 京都・四条河原町のちょっと西、洋品店の店舗から入る花遊小路です。元からある商店街はさびれてますが、そこを抜けると別世界になってました。若者の街です。すっかり様変わりしてます。その昔には「美松名劇」なんていう映画館があったあたりです。
 「SOU・SOU」です。何の店かわかりますか? 一緒にやってきた奥さんも、娘に教えられたそうです。

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 ちょっと望遠にして撮影しました。派手なスニーカーのようですが、指先が割れています。
 店内にも入りましたが、若者ばかりで、おじさまにはまるで場違いです。

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 「地下足袋配給所」という看板がぶらさがっています。

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 「世界で唯一の地下足袋の店」なんだそうです。
 ただただ、びっくりするばかりです。
 詳しいことは、SOU・SOUのHPをご覧ください。

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 同じビルの地下にある「作務衣」の店への階段です。
 近くにある「伊勢木綿」の店にも行ってみました。他に「しつらい」の店というのもあるようです。
 たまには、トレンドの観察もおもしろいです。
 京都市バスに乗ったら、なんと目の前のお嬢さん三人が、そろいもそろってコーチのバッグを提げていたのにもびっくりしましたが…。

東海道 下も向いて歩こう

桑名

 たまには下を向いて歩いてみると、新たな発見もあります。マンホールです。自治体によって、デザインを競っています。
 東海道五十三次を、桑名から土山まで歩きました。
 出発は桑名です。カラー舗装にあわせたように、マンホールもカラーです。デザインされているのは、「七里の渡」です。

四日市

 四日市市です。市内を流れる「三重川」の図をデザインしたものだすです。カラー版もあり、それをみてやっと理解しました。

亀山

 亀山市は、亀山城多聞櫓と市花の花しょうぶがデザインされています。
 亀山市の前の鈴鹿市では、注意して歩いていたんですが、ついにそれらしいマンホールにはでくわしませんでした。

関

 旧関町(現亀山市)は、鹿、シャクナゲ、キジが描かれています。

土山

 滋賀県に入りました。旧土山町(現甲賀市)では町の木(杉)、町の鳥(きじ)、町の花(茶)が描かれています。
 旅の途中でわたしがシャッターをきった風景は、「東海道五十三次 五十三連写」としてHPにアップしました。よろしければ、そちらをご覧ください。