大山崎山荘美術館 「共鳴 河井寛次郎☓濱田庄司」を観る

 お隣の大山崎にある「アサヒグループ大山崎山荘美術館」まで歩きました。
 開館30周年になります。季節折々に、展示はもとよりクラシックな建物、入館料不要の庭を散歩するだけでも気持ちの良いスペースです。

 始まったばかりの記念展示が見たかったのです。「共鳴 河井寛次郎☓濱田庄司」です。朝日麦酒の初代社長、山本爲三郎が支援した民藝運動の中心的人物、河井と濱田の作品が並んでいます。

 館内は撮影禁止です。パンフレットの作品です。左側の3つが濱田、右が河井です。
 二人は東京高等工業学校(現東京科学大学)で出会い、京都市陶磁器試験場でともに研鑽を積みました。
 東山五条にある河井寛次郎記念館で、その作品にひきつけられました。河井の生活にまで触れられることができます。

 濱田はバーナード・リーチとともに渡英して、セントアイヴスでスリップウェアを蘇らせました。
 その技は日本にも持ちかえられて、立杭の丹窓窯などで今も引き継がれています。
 スリップウェアは「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)でも、京都の日常に溶け込んだ器としてモーニングのシーンなどの登場しました。BLUE編の陶芸家、宮坂釉子(吉岡里帆)が修業に旅立ったのもセントアイヴスでした。Rouge編にも登場したばかりです。

 山荘のベランダから見下ろしました。向こうは石清水八幡宮がある男山です。

 玄関先にハナモクレンが咲いていました。撮影していると、大きな花弁が散り落ちて頭にあたりました。

 水辺には早くもシャガが花をつけていまいた。

 ベランダから見下ろした庭から、山荘を見上げました。
 白い点々に写っているのは、早くも風に吹かれて舞った桜です。

 アサヒグループ大山崎山荘美術館
 075-957-3123
 京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3

でんしゃ すきなのどーれ

 「でんしゃ すきなのどーれ」
 この歳にして絵本をプレゼントしていただきました。すばらしい。はまってます。

 最初のページです。
 懐かしい京阪特急のヘッドマークです。これに乗って(先代ですが)大学に通いました。
 スーパーはくとは、会社出張なんかで何度もお世話になりました。
 東武・リバティ。尾瀬に旅したときに乗りました。

 尾瀬を歩く2017 東武特急「リバティ」

 すきなの どーれ

 いちばんちっぽけな、これです。
 銚子電鉄・デキ3号。

 横から見ると、あまりの短さにズッコケそうです。

銚子電鉄 すばらしき「鉄」の香り 「デキ3」

 マルーン。おなじみです。

 叡山電鉄・電動貨車
 わざわざ留め置きされている修学院で途中下車して撮影しました。

 

京城勝覧を巡る 第十三日 「らーめん切符」で鞍馬へ

 裏表紙のこれと同じと気づく人は多くはないのでは。へへ!

 同じ電動貨車は嵐電(当時は同じ京福電鉄)の帷子ノ辻に留め置かれていたのを覚えています。残念ながら画像が見つかりません。

 存分に楽しんでます。ありがとう。
 
 

 

「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」を観る

 「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」を、京都・烏丸御池の新風館地下にあるUPLINK京都で観ました(17日)。
 スタニスラフ・ブーニンはロシア生まれのピアニストです。1985年のショパン・コンクールを19歳で征し、華々しくデビューしました。スラリとした体全体から発せられる超絶テクニックえを駆使したエネルギッシュな演奏は、それまでのショパン像を打ち破りまじた。
 おぼろげな記憶ながら、わたしも大阪・フェスティバルホールで聴きました。
 それから40年。「沈黙と再生」を追ったドキュメンタリーです。

 映画はショパン・コンクールでの熱狂を集めた演奏から始まりました。ハイスピードでバリバリと弾きまくるスタイルは、バブル経済の絶頂に向けた時代背景とも合致していたのでしょうか。
 ブーニンは旧ソ連という枠組みから飛び出しました。

 日本の音楽大学でも教鞭を取りました。その後の沈黙は、病と事故だったのです。

 ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生

 ブーニンの再生です。とはいえ60歳を前にしているとは思えない風貌でした。もう「別れの曲」は弾けないそうです。
 エンディングはバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」でした。一音一音にブーニンの思いが込められたような素晴らしい演奏でした。でも、わたしにはあまりに硬質な、金属的な音として聴こえました。わたしの耳はもっと穏やか、墨絵の世界に引き寄せられているのかと感じました。

 新風館は、元京都中央電話局のレンガ作りの洋館がリニューアルされた複合商業施設です。

京都・三条 イノダコーヒ三条店のオーバル

 久しぶりに座ったイノダコーヒ三条店のオーバルです。どーんと広がる楕円形の重厚な木製カウンター席です。1970年の開店以来、愛され続けきました。
 2024年のリニューアルで楕円形の長辺は延長されましたが、円弧の部分は昔と同じだそうです。
 大好きな空間が、そのままでした。

 ホットコーヒーとラムロックのセットです。 
 コーヒーは砂糖、ミルク入りがイノダのオリジナルです。でも砂糖は別にしてもらいました。角砂糖1個だけを入れました。

 ラム酒の香りが豊かです。甘さもほどほどで、おいしくいただきました。

 奥さまは、いちごモンブランでした。

 振り返ると広い店です。2階もできていました。

 ウイーンのカフェのように新聞が並んでいます。産経も。

 行列覚悟でしたが、時間のせいかすぐに座れました。

 イノダコーヒ三条店
 075-223-0171
 京都市中京区三条通堺町東入る桝屋町69

「京童」と歩く 4日目 西大路から二条城

 江戸初期に中川喜雲によって書かれた京都初の観光ガイドブック、「京童」とともに歩く4日目です。
 西大路から島原ー壬生寺ー神泉苑と巡って二条城まで歩きました。

 二条城の東にある御金(みかね)神社の昨日の大行列を思い出しました。病院への途中に車から見た行列は、西洞院から御池にはみ出し、御池にそって50㍍ほども延びてました。
 きのう5日は、天赦日、一粒万倍日、寅の日、大安と4つの吉日が重なる、日本の暦の中でも特に縁起が良いとされる日だったのです。
 きょうは、混雑はありませんでしたが、残り福でも転がってないかとお参りしました。

 壬生寺は新選組の屯所があった地でもあります。お嬢さんたちは、毛糸の帽子をかぶせた人形にスマホをかざしていました。近藤勇ってことはないでしょう。沖田総司? それともわたしの知らないキャラクターでしょうか。

 室町を下がると、テレビでお目にかかったばかりの光景でした。欠かさず見ている「京都人の密かな愉しみ~継承」(NHK-BS)のロケ地となっていた帯匠の誉田屋源兵衛でした。

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エレキー製作 その2 試作1号機は不調

 エレキーパドルの試作1号機が組み上がりました。アマチュア無線の電信通信(CW)で、モールス符号を作り出すための道具です。
 ところが、期待したようなスムーズな動きをしてくれません。カシャカシャと音がして、肝心の接点の接触具合もイマイチです。
 このままでは使い物にならないようです。

 回転軸(黄色丸印)とL型金具の関係が、左右で違います。
 右が試作機です。

 お手本としているJA1UXRさんの「誰でも作れるエレキーパドル2号」は、左のようになっています。この差が現れたのでしょうか。

 パドルが開きすぎないように、ストッパーとして小さなL金具をつけました。ネジで間隔を調整できるのでグッドアイデアだと思っていました。そこに落とし穴があったのかもしれません。

 アイデア倒れだったような小型L金具です。

 100☓100mmのMDF(合成ボード)を2枚重ねして組み立ています。百均で6枚セットでした。たくさん残っていますので、作り直します。

兵庫芸文 ベルリン・フィル八重奏団のまろやかな調べ

 阪急・西宮北口近くの兵庫県立芸術文化センター大ホールで、ベルリン・フィル八重奏団を聴きました。
 ドヴォルザークの「5つのバガテル」や、カウンの「八重奏曲」とあまり馴染みのない曲でした。でも、そのとろけるようなまろやかな音色にひきづりこまれました。
 ヴァイオリンの樫本大進の透き通った高音が映えます。ヴェンツェル・フックスのクラリネットが甘く調和します。シュテファン・ドールのホルンが冴えます。
 ベルリンのベルリン・フィルハーモニーで聴いたお顔なじみの面々の奏でる心地よいアンサンブルでした。ホールの温かさもあって、思わず夢見心地!となってしまうひとときも。

 シューベルトの「八重奏曲」と、ガラリと音色を変えた「楽興の時 第3番」まで拍手鳴り止まないステージでした。

 ぽかぽか陽気となった芸文ホール前の広場では、これまでに見たことがないほど多くの人たちがくつろいでいました。

 

エレキー製作 その1 パドルを削り出す

 アマチュア無線(HAM)のお話です。
 相手局と無線交信するには、モールス符号を使った電信(CW)、音声での通話、電子データの交換などいろんな方法があります。
 高校生時代に覚えたモールス符号(もうすっかり忘れてしまった!)での通信をしてみたくなりました。そのためには劣化の激しいわが頭に、もう一度、「ー・ ー・ ーー・ー(CQ)」といったモールス符号を叩き込まなければなりません。もうひとつが道具です。
 エレキー(エレクトリック・キーヤー)なるものを自作してみることにしました。

 電信といえば、こんな電鍵を思い出します。コツコツと叩くと、その押し具合でモールス符号が生まれました。
 わたしも高校生時代には、これを使っていました。
 この画像は、AMAZONで現在も売られているモールス信号CWキーです。
 最近では電子的に長音、単音を発生するエレキーが主流です。

 ネットをふらついていて「誰でも作れるエレキーパドル2号」を見つけました。
 JA1URXさんがホームセンターなどで手に入るパーツを使ってきれに作っておられます。詳細な組み立て説明書をダウンロードすることもできます。
 パーツが頒布されていたこともあって、ネット上でも製作事例が多く見つかります。とはいえ、それはひと時代前のことです。

 近くのホームセンター(コーナン、コーナンプロ)をうろうろして、パーツを集めてきました。

 パドルのツマミ部分です。お手本ではアクリル板を切り抜いているようです。でもそんな技は持ち合わせていません。
 木工細工することにしました。方眼紙におおまかな図面を描き、ウォールナット板で作ります。

 まず2枚分を大まかにカット。

 2枚を仮張り合わせして、電動のミニサンダーやペーパーで削りました。
 ウォールナットは硬いので、なかなかたいへんでした。

 オーク材の食卓テーブルの保護用オイルを塗り込むと、落ち着いたいい色に仕上がりました。

 とりあえず出来たのはここまで。
 まだ入手できていないパーツもあって、完成までたどり着けるかは不透明です。

堂本印象美術館 モダンなときめき 智積院襖絵の魅力

 京都・衣笠の京都府立堂本印象美術館で、没後50年記念の「モダンなときめき 智積院襖絵の魅力」を楽しみました。
 東山の智積院では、長谷川等伯の国宝襖絵を拝観したことがあります。それと対抗するように描かれた襖絵です。
 それが「婦女喫茶図」(「鑑賞の手引き」より)です。
 こんな襖絵って、初めてお目にかかりました。びっくりしました。

 よくぞ、こんな襖絵が許されたものだと驚愕します。それを許した智積院の懐の深さに、唖然とします。
 「伝統も大事だが宗教活動は時勢と無縁であってはならない」という当時の管長の要請に応じて、印象は批判も覚悟で「思い切りモダン」な襖絵にチャレンジします。(「鑑賞の手引き」より)

 作品の一部は、写真撮影が許可されていました。

 わたしが引きずりこまれたんは、美術館の至る所に施された印象のデザインでした。

 エントランスから印象の作品であふれています。

 壁にはさりげなく。

 ステンドグラスに見とれます。

 ペザントチェアの木彫も、同じものはありません。

 3階の展望フロアからは比叡山が臨めました。

 ガラス戸にも描かれています。

 ドアの取手も印象デザインです。

 庭のベンチまで主張してます。

 京都府立堂本印象美術館
 075-463-0007
 京都市北区平野上柳町26-3

なら100年会館 反田恭平&JNO 冬ツアー2026

 「反田恭平&ジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO) 冬ツアー2026」を30日夜、JR奈良駅前のなら100年会館大ホールで聴きました。今シーズンのツアー初日の演奏会でした。
 プログラムは反田くん弾き振りのショパン・ピアノ協奏曲第2番と、チャイコフスキー交響曲第4番でした。
 指揮者も目指している反田くんの、自ら編成してきたオーケストラ、JNOが遂にロマン派の大シンフォニーを高らかに鳴り響かせました。
 圧巻はチャイコの第4楽章。トランペットやトロンボーンが爆発し、ホルンが厚みを増します。ティンパニーが響き、小さなトライアングルが鳴り渡りました。
 久しぶりにスカーッとするオーケストラの響きに酔うことができました。

 このところの反田くんの演奏会では、最前列のかぶりつき席が続きました。今回は、わざわざA席にして、ホール後方を選びました。オーケストラ全体のまとまった音が聞きたかったのです。
 右に左に目をやりながら、音の動きを愉しみました。
 ちょっと後ろ過ぎ、目の手術から視力が十分に回復していないせいもあって、ホルンの鈴木優ちゃんら奏者の表情まではつぶさに確認できませんでした。

 ショパンのコンチェルトは、1番はショパン・コンクール以来、何度も聴いていますが、2番は初めてでした。終楽章への盛り上がりはさすがでした。
 アンコールは2曲。「チョルダーシュ」の軽妙な響きに大拍手でした。

 開演半時間ほど前からウェルカム・コンサートがありました。

 入場者が続々と入ってくるざわついた会場でしたが、爽やかな演奏でした。

 100年会館は、中ホールは何度もきていますが、大ホールは初めてでした。
 2階席に上がってみました。足場のようなすごい傾斜でした。

 天井が高く、3、4階席は見上げるばかりの上方です。

 定員1720人という広さでした。
 クラッシック音楽を想定したハーモニーホールではありません。ばかでかい空間に音が分散してしまい、反響を伴ったまろやかなハーモニーに包まれるような空間ではないのがクラシック・ファンとしては残念でした。

 ホワイエの壁面は、「光ふる街 奈良」と題された絹谷幸二作の横幅19㍍近いアフレスコ画が覆っていました。