横浜・中華街にある重慶飯店の「麻婆豆腐醤」でマーボー豆腐をつくりました。昨晩のことです。レトルトですので、フライパンで豆腐と炒めただけです。1人分が残っていました。
これはマーボー豆腐丼しかないでしょう。温かいご飯の上にどばり。これもうまいです。
ピーマンは大好物です。ちりめんじゃことの炒めものも、口直しにいただきました。
いただき物の麻婆豆腐醤です。
電子レンジでチンしました。
みそ汁くらいは自分でつくりました。玉ねぎと揚げという、わたしにとっては最強タッグです。
バッハのヨハネ受難曲やマタイ受難曲を奥さまが何度も歌っている大阪の合唱団の「原点」が、このワンショットでしたーと自負しています。
テノールのペーター・シュライヤー(中央)が、エヴァンゲリストとして歌い、振り返って指揮をしました。
プラハの春音楽祭(2005年)です。ルドルフィヌム(芸術家の家)のドヴォルザーク・ホールの思い出です。
プラハの春音楽祭のオープニング・コンサートでは、市民会館のスメタナ・ホールでスメタナの「わが祖国」が演奏されるのが習わしです。
もう一度、訪れたプラハでは、市民会館でアルフォンス・ミュシャのデザインを楽しみました。
カフェでペラペラとめくっていた料理雑誌で目が止まりました。「とうもろこしとトマトの素麺」でした。暑い日においしそう~っと。
朝食後にだしとトッピングをつくって、冷蔵庫で冷やしておきました。
昨日の冷製パスタに続いてよく似たビジュアルです。でもうまければ連チャンも問題ありません。素麺のノド越しはたまりません。
とうもろこしの甘さと、トマトの酸味がマッチングします。
氷見素麺を使いました。
レシピの覚書です。
トマトを湯むき。タネを取り、小さなサイコロ状に刻みます。
とうもろこしにラップをして7分間、電子レンジに。実をオリーブオイルで炒めます。
トマトのタネと、とうもろこしの皮、しんを煮込んでスープを取ります。
スープ150cc、無塩トマトジュース150ccに薄口醤油大さじ2、みりん大さじ1を加える。
彩りにバジルを刻んでトッピング。黒胡椒を振りました。
「メンコン」と検索すると、「メンズコンセプトカフェ」の略とヒットします。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を思い浮かべるなんて、もはや化石?
といわれようと、ドイツ・ドレスデンで訪れた忘れられないゼンパーオーパーの夜でした。
「世界最大のジグソーパズル」という再建作業で復活したフラウエン教会では、オルガンの響きに圧倒されました。
クリスマスが近づくと、わが家ではドレスデンみやげの「ピラミッド」を飾り、思い出しています。
トマトのソースをつくって、冷蔵庫に冷やしておきました。冷たいパスタに盛って、ベランダからもいできたバジルをトッピングしまいた。
暑い日にひんやりとした麺が、喉を流れました。
細さ0.9mm、茹で時間2分のカッペリーニです。茹で上げたあと、冷水で締めました。素麺と同じです。
缶のスパークリングワインも欠かせません。常備しなくてはなりません。
出発はトマトの湯むきでした。
いつもより多めのオリーブオイルにニンニクとタカノツメの香りを移し、ベーコン、ピーマン、パプリカを炒めました。白ワインをたっぷりと加えて塩コショウ。ホワイトビネガーがなかったので、バルサミコを加えて味付け。トマトと混ぜ込みました。
岩清水八幡宮の境内にタシロラン(田代蘭)が咲いているとの情報でした。
ランと名乗っており、その仲間と見えないことはありません。でもこれはギンリョウソウなどと同じ腐生植物です。腐敗した枯葉などに育つ菌類から栄養を摂っています。発見者の名前にちなんでいます。
初めてお目にかかりました。
小鳥のひなが口を開けて餌を待っているようにも見えます。
高さは30センチほどにもなっています。
光合成の能力はなく、緑素をもたないので全体が白っぽいです。
参道脇をよく見ると、ポツリ、ポツリと伸びていました。通り過ぎる参拝客は、気づいていないようでした。
ジムで汗を流したあとは、寄り道なしで帰宅。エアコンを効かせた部屋でMy memoryに浸っています。
バッハの聖地、ドイツ・ライピツィヒの聖トーマス教会です。
BCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)のマタイ受難曲が終わり、拍手に包まれました。中央の白髪は指揮の鈴木雅明です。
バッハは聖トーマス教会の祭壇前に眠っています。
「Bach Fest 2012」のオープニング・コンサートも聴きました。
バッハは30年近くを、聖トーマス教会のカントール(教会音楽監督)として過ごしました。
マルクト広場のオープンステージや、ゲヴァントハウスなどあちこちの会場が、バッハであふれていました。
ウィーンでのんびりとした2019年の旅です。オーストリア東部のアイゼンシュタットを訪れました。ポストバスに乗り約60キロ、片道1時間半ほど揺られました。
町の中心にエスターハージ宮殿があります。ヨーゼフ・ハイドンはここで約30年間、エスターハージー侯爵のため作曲を続けました。
宮殿の大広間が改装されて「ハイドン・ザール(ホール)」になっていました。オケのリハーサル真っ最中で、得した気分で軽やかな調べに聴き入りました。
通りに面したカフェで昼飯を食べていると、リハーサルを終えたオケ団員が楽器を肩に帰っていきました。
旅から持ち帰ったパンフや地図、チケットやレシートが詰まった玉手箱を開けました。思い出とともに出てきた2つのプログラムです。
2004年に初めて訪れたウィーンで聴いたコンサートです。
Klang Bogen Wienという夏の音楽祭の一夜です。
コンツェルトハウスの大ホールで、ルドルフ・ブッフビンダーのピアノ、ウィーン室内オーケストラの演奏で、モーツァルトのピアノ協奏曲がKV537(第26番)、KV595(27番)、KV503(25番)と3曲続きました。
バッハウ渓谷1日ツアーのツアコンさんに勧められたコンサートです。モーツァルトやヨハン・シュトラウスらの室内楽や二重奏にバレーもついてラデッキー行進曲で締めくくられる観光客向けの音楽ショーでした。
会場のパルフィ宮殿にはバロック様式のホールがあり、当時6歳だったモーツァルトがコンサートを開いたこともありました。
亀岡の平の沢池には、蓮(ハス)の花が早くから猛暑到来のなかでも、見事に咲いていました。
寝苦しい夜を過ごして早くに目覚めました。車に飛び乗って出かけました。昨年も同じ日に訪れています。
朝からムッとしていましたが、日差しはありませんでした。朝もや煙るような池に、淡いピンクが溶け込んでました。
ハチたちは、朝から大忙しでした。
まだ6時半ごろでしたが、きれいに開いていました。