ポンポン山 メスティンで焼きとり缶詰の炊き込みご飯

 きょうも天気が良さそうでした。ポンポン山に登りました。
 福寿草がまだ咲いているはずですが、花より昼飯。メスティンを使って炊き込みご飯をつくりました。味付けは焼きとりの缶詰です。
 シメジも入れ、冷蔵庫に残っていた小松菜も刻んで持ってきました。彩も美しく、大成功です。
 ちょっと柔らかかったので、スプーンの方が食べやすかったでしょう。
 それにしても山でご飯を炊いて食べたのは、学生時代の合宿以来でしょうか。

 銅板でつくったアルコールランプで炊飯しました。ちょっと風があったので、アルミの風防を立てました。
 火力が弱かったのか、想定よりもだいぶ長く、15分以上かかりました。

 シェラカップで湯を沸かし、即席のみそ汁をつくりました。
 同じシェラカップで、ティーバッグ入りの日本茶もいれました。温かいのにほっとしました。

 ポンポン山の山頂です。愛宕山がよく見えていました。

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京都・山科 随心院のフォトジェニックな極彩色襖絵

 小野小町で知られる随心院(正確には隨)を訪れました。お目当てはフォトジェニックな襖絵、「極彩色 梅匂小町絵図」です。先日、テレビ番組でその存在を知りました。写真撮影が許可されていて、SNS映えすると人気沸騰だそうです。
 「はねず色」が基調となっています。白色を帯びた紅色の古名です。この時期に境内に咲く梅の色だそうです。
 はねず踊り(今年は中止)という、はねず衣装と菅笠の小野小町と深草少将に扮した少女達の童唄と踊りもあちこちに描かれています。

 小町の生涯を4枚の絵で表現しています。
 1枚目の「生誕の国」は、出羽(秋田)で生まれ育った様子が描かれています。

 2枚目は「饗宴の国」。都での宮仕えの様子です。

 3枚目は「伝承の国」。宮仕えを辞し、山科小野の里で暮らす様です。

 4枚目は「夢幻の国」。山科小野を出て、全国を放浪する様です。

 描いたのは、「だるま商店」という2人組の若手アーティストです。

 2009年に制作された当時は、狩野派などが描いた花鳥山水の襖絵と同様に撮影禁止でした。ところが、「かわいい」「映える」と、撮影許可を求める声が多くなり、寺も方針転換。現在ではわざわざ「撮影可」と書かれています。
 そういえばヨーロッパでは、ウィーン美術史美術館やアムステルダム国立美術館、ベルリン絵画館などでも、「フラッシュ禁止」を条件に写真撮影はOKでした。

 この襖絵の前でカメラはスマホをかざす観光客が絶えません。かなりの時間、人影のなくなるチャンスを待ちました。

 玄関には、現代アートのジミー西村が描いた小野小町が飾られていました。

 百人一首の有名な歌の碑です。

 大玄関から見た薬医門です。

 反対向きに薬医門越しに見る大玄関です。正面にひな人形が飾られていますが、どうしたことか男雛が左に座っていました。

 サンシュユが黄色い花をつけています。

 桃山時代に建てられた本堂です。歩くと床がきしみます。

 いくつもの流れが複雑に交差します。

 境内の小野梅園には、はねず色の梅が満開です。

 早咲きの桜も開いていました。

 随心院
 京都市山科区小野御霊町35
 075-571-0025

「鳥居形松明」 嵯峨鳥居本・曼荼羅山から大沢池

 京都五山の送り火の最後に灯されるのが、嵯峨鳥居本(とりいもと)の「鳥居形松明」です。京都で育ったわたしですが、この鳥居形だけは、テレビ中継は別にして実際に燃えているのを見た記憶がありません。
 曼荼羅山は標高153mの低い山です。その山肌に「⛩」を描いているのですから、遠くからはよく見えないのも納得です。
 霞がかかったような視界が開けない日和でした。それでも正面の大文字山(大は確認できません)から比叡山にまで続くなだらかなスカイラインが一望できます。目の下には広沢池、大沢池も見えていました。 

 白洲正子が愛した石仏です。
 大覚寺に向けて下りました。大沢池の畔に、古いのは平安時代という石仏群が並んでいます。白洲はその著、「私の古寺巡礼」(講談社)で、「池のふちにそって、左の方へ廻っていくと、おなじみの石仏群が並んでいる。これらの仏達は、いつ頃誰のために造られたか、何もわかっていない。」と記しています。 
 「京都人の密かな愉しみ BLUE」(NHK-BS)のテーマソング、「北山杉」では、「あの頃二人は 大覚の白い石仏 触れたり見たり」と歌われています。

 紅梅が、白梅が満開です。

 大沢池を一周しました。愛宕山が頭をのぞかせていました。

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「船形万灯籠」の西賀茂・船山と正伝寺

 京都五山送り火の3番目に点火される「船形万灯籠」がある船山(317m)に登りました。送り火の火床は、東山の大文字を除くと、どこも入山禁止です。背後の船山の頂上から火床の最上部まで下ってきました。
 大文字山、妙法が灯る松ヶ崎東山・西山、そして比叡山までが臨めます。
 船山の頂上には、保育園児の卒園記念登山のプレートがたくさんぶらさがっていました。わたしの足にもぴったりの京都低山ハイキングでした。 

 デヴィッド・ボウイが愛した涙した静寂です。
 麓の正伝寺に参りました。方丈の障子越しに見る借景の比叡山です。

 苔むした参道にも静けさがありました。

 西方寺の境内には、馬酔木が鈴なりでした。
 船形は、西方寺の檀家によって維持されています。

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淀水路 河津桜とメジロとちらしずし

 京都・淀の淀水路に咲く早咲きの河津桜が満開でした。
 朝起きると、予報とは違って青空が広がっていました。急に思い立って歩きました。水無瀬のわが家から片道8キロほど。平地ばかりですので時速6キロほどでした。
 メジロが、あちこちでチーチーと泣いてました。止まっている花より、動いているそちらにレンズを向けてしまいました。
 白いアイリングがあるから、そのものずばりのメジロです。繍眼児と書くそうです。

 早咲きの河津桜です。今を盛りと咲いています。

 昼飯のお弁当は、ちらしずしを弁当箱代わりにメスティンに詰めてきました。
 きのうはひな祭りでした。2人の孫娘とは一緒に祝えませんでした。ちらしずしは登場しましたが、夫婦では食べきれずに残っていました。
 暖かな日差しを浴びて、ひとりでのんびりといただきました。

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丹波篠山 大山宮で「春の妖精」と出会う

 スプリングエフェメラル(春の妖精)と会いに、丹波篠山の大山宮に行きました。咲いてました。セツブンソウなどの春を告げる花々が。
 一昨年の春、丹波市との境にある金山(きんざん、540m)に登り、下山後に追手神社辺りで花々を楽しみました。2日前に山友が訪れて、咲いているよとレポートしてくれました。
 ならばわたしも行くしかないです。高速料金をけちって亀岡からデカンショ街道(国道372号)を経由したので、ちょっと時間はかかりました。良く晴れてましたが、気温は6度までしか上がらず、風が冷たかったです。

 セツブンソウが辺り一面に咲き乱れています。

 真っ白ですが、ニリンソウほど純白ではなくて、かえって優しさが漂います。

 セリバオーレンです。
 小さな星が散らばっているようです。

 雄花、雌花、両性花とあるようですが、違いは判別できません。

 リュウキンカは、寒さのせいか堅いつぼみです。

 黄金色の輝きは見ることができませんでした。

 ユキワリイチゲがお日様に向かって延びています。

 「雪割」は早春植物を意味し、「一華」は一茎に一輪の花を咲かせるという意味だそうです。

 開花にはちょっと早すぎたようです。

 アズマイチゲも下を向いてます。

 2年前にフキノトウをいっぱい摘んだ大乗寺の辺りです。ことしもつぼみを膨らませていました。

 春の妖精の花々を愛で楽しんだあとは、口でも春を感じようと、たくさん摘んで持ち帰りました。

 向こうにが立派な山寺の大乗寺です。

 丹波篠山 金山~春を告げる花と、奇岩、トンネル

「妙法」 松ヶ崎東山・西山と宝ヶ池、深泥池

 裏大文字に続いての京都低山ハイクは、五山送り火の「大」の次に点火される「妙法」の火床がある松ヶ崎東山(法)と松ヶ崎西山(妙)です。
 火床の松ヶ崎東山は麓からの入山が禁止になっています。稜線側から下ると、金属製の火床を確認することができました。向こうには大文字が見えています。
 少年時代を過ごした家にも近く、そのころには登ったこともあるはずです。昔の思い出が、あれこれと浮かんできました。

 松ヶ崎西山には「妙」の火床が並んでいました。送り火の中では画数が多いので、火床もあちこちの方向に延びてます。

 昼飯は、宝ヶ池公園の東屋でいただきました。
 烏丸四条で阪急から地下鉄に乗り換えるとき、途中の成城石井で買ってきました。「直火焼ハンバーグ明太ひじき飯弁当」です。即席のとん汁とともにおいしかったです。

 深泥池(みどろがいけ、みぞろがいけとも)にも回りました。京都最古の天然池で、氷河期からの動植物群が生き続けているそうです。


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裏大文字 熊一族と鹿親子にごあいさつ

 裏大文字。そんなネーミングがあるのですね。ネットアプリのYAMAPで検索しているとヒットしました。裏なんばなら知ってますが。
 京都五山の送り火の大文字がある大文字山(465.3m)の北斜面の山々のことです。そのピークの名が、熊一族と鹿親子なんです。
 玄孫(やしゃご)は、親からすると4代後です。玄孫熊山まで大文字山から尾根を伝ってたどってきました。
 ピークハントというよりは、プレートハントの低山ハイキングでした。

 最初は親の熊山です。

 子、孫、曾孫と続きます。

 ひとつ西の尾根には鹿の親子がいました。

 ざっとこんな位置関係でした。

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天王山 ミツマタロードは咲き始め

 天王山のミツマタロードから開花の知らせが届きました。ネットにそんな書き込みがありました。暖かさが戻り、天気も良くなりました。早速、カメラをもって出かけました。
 咲き始めていました。満開の黄色となるのはまだ先ですが、周辺の花が開花しています。新葉が芽吹く前の枝先に咲く春の便りです。

 3つの小枝に別れて、その先に咲くから三椏、三又とも書きます。

 まだ下を向いたままのつぼみは、光を受け銀白色に輝いています。

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交野 サンドイッチ山でサンドイッチを頬張る

 生駒山地の北端にある交野山(こうのさん)、国見山に登りました。その近くにサンドイッチ山がありるのは知ってましたが、ネットを見ていると新サンドイッチ山も登場していました。
 ここはサンドイッチ山の上でサンドイッチを頬張るしかないでしょう。自宅近くのパン屋でサンドイッチを買って出かけました。
 交野山の観音岩の上でへっぴり腰!でのポーズです。

 阪急・水無瀬駅前の「Pao(パオ)」の「ミニピクニックサンド」です。「交野いきものふれあいの里」のベンチでいただきました。

 国見山からも、遠く六甲まで見渡せます。

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