熊野九十九王子を往く その8 湯浅~紀伊内原

 「熊野九十九王子を往く」の8回目を歩きました。
 紀州路をここまで南下してくると、もはや大阪北東部のわが家からの日帰りは、時間的にも、JRの運賃でも難しくなってきます。
 御坊の駅前ビジネスホテルに2泊しました。
 1日目は湯浅をスタートして山道の鹿ヶ瀬峠を越え、古道の石畳を下りました。ゴールとした紀伊内原まで17.7キロと、サンティアゴ巡礼のポルトガルの道以来のロング・ウォークとなりました。

 後白河法皇も通った熊野古道です。当時の石畳が500㍍余にわたって続きました。現存する石畳道の最長です。

 昼飯は、阪和道・広川IC近くのコンビニで仕入れてきました。ルートを通じてコンビニはこの1軒だけでした。飲料水の自販機もありませんでした。

 最後は痛くなってきた左足を引きずってJR紀伊内原にゴールしました。ひと駅先の御坊で泊まりました。


 【2023/10/16 10:16】
 湯浅をスタートしました。
 前回、昼飯を食べた駅構内の湯浅米醤は、この日は休みでした。

 みかんが黄色くなっています。

 紀伊国屋文左衛門の碑が立っています。勝楽寺の過去帳にその名があるそうです。

 この日、最初の王子、久米崎王子跡です。

 湯浅町から広川町に入ります。

 広川ICに出入りする客が利用するコンビニです。ペットボトルと昼飯を買いました。
 ここを逃すと、ルート上には清涼飲料水の自販機すらありませんでした。

 広川ICのゲート事務所のすぐ裏に津兼王子跡があり、石碑が立っていました。

 江戸時代末期の熊野古道の井関村を描いた長大な絵巻物です。

 この辺りには旅籠があったようで、何軒かの民家の塀に昔の名前が表示されていました。

 河瀬(このせ)王子社跡です。ここから鹿ヶ瀬峠へ向けて峠道が始まりました。

 舗装されてます。車は一台もやってこず、だれとも出会わない峠への道です。

 馬留王子社までやって来ると、ここから先は馬を降りて徒歩で登ったようです。

 振り返ると、ずい分登ってきたことがわかります。

 鹿ヶ瀬峠まで「あと〇〇メートル」の表示がいくつもあります。

 道が急こう配になってきました。

 【12:39】
 鹿ヶ瀬峠(大峠)に到着です。広場となってました。

 ここで昼飯にしました。「だし巻玉子と高菜明太弁当」です。

 明太と高菜の塩辛さで箸が進みます。

 あとは下り一方です。

 こちらは道が荒れています。

 通行の安全を願って馬頭観音が祀られています。

 小峠でひと休みです。

 石畳道を下ります。

 板碑が並んでいます。一番古いものには室町時代の年号が記されているそうです。

 金魚茶屋では、前の川で金魚を飼って旅人の旅情を慰めたそうです。

 コスモスが咲いています。

 沓掛王子跡です。

 峠道は終わり、ちょっと退屈な舗装路になりました。

 馬留王子社跡です。西の~とつける表記もあります。鹿ヶ瀬峠の両麓にある東の~と対比されます。

 内ノ畑王子までやってきました。もう少しです。

 立派な内原神社の前に高家王子跡はありました。このルート最後となった王子です。

 昼飯を買ったコンビニ以来の自販機でした。冷たいジュースを買ってひと息つきました。

 【15:37】
 JR紀伊内原をゴールとしました。久しぶりによく歩きました。