グラーツ・エッゲンベルグ城の魅力と「豊臣期大坂図屏風」

 大阪城がオーストリア第2の都市、グラーツにあるエッゲンベルク城と友好城郭提携を結んで10周年となる11月2日、大阪歴史博物館で開かれた記念フォーラムを聞きました。
 グラーツからやって来た博物館長や学芸員が、グラーツの魅力や「大坂図屏風」があるエッゲンベルク城の城主などについて説明しました。残念ながらパワポの画質が悪く、説明も通訳は事前に用意されたテキストを読み上げているだけといった印象でした。
 広い会場は、わたしと同年配のいかにもヒマなリタイア組らで満員でした。それが、あちこちでコクリとしていました。
 この催しはエッゲンベルグ城と「グ」と表記していますが、わたしはこれまでエッゲンベルク城としてきました。

 エッゲンベルク城は、9月に訪れたばかりです。「エッゲンベルク城の『大坂図屏風』」に書いています。
 このときは英語のガイドツアーに入りました。おかげで「大坂図屏風」と対面できました。でも説明の方は、あまり理解できませんでした。もう一度、じっくり理解したかったのです。
 

 大阪城天守閣の北川央館長の話になると、がぜん、おもしろくなりました。やはり日本語です。
 豊臣期に城は黒色、徳川期は白色という通説はウソ。という説明の結論は、屏風の大坂城は白黒のミックスです。再建された大阪城も白黒です。これで正解です。
 屏風では大坂城を正面にして「極楽橋」(赤丸印)がかかっています。橋には壁があり、屋根には櫓が載っています。この櫓が、後に徳川家の命で豊国神社(京都)に移築され、さらにびわ湖に浮かぶ竹生島に移されたそうです。
 北川館長らのこんな分析から、屏風が慶長元年(1596年)から同5年の間の大坂を描いていると時代特定がされたのです。

 西国巡りをしていた時(2008年)に訪れた竹生島です。移築された唐門を記録していました。これが屏風に描かれた極楽橋の現存する姿だったのです。

 エッゲンベルク城でもらったのと同じ日本語のパンフレットを資料としていただきました。
 屏風の画像は、このパンフレットのものです。

 馬場町の交差点の南西角に立ってます。この辺りの景観は、大阪府警などわたしが新聞記者時代に毎日のように通っていた時とはすっかりと変わりました。大阪府庁だけはそのままでした。

 大阪歴史博物館
 大阪市中央区大手前4丁目1-32
 06-6946-5728

 大阪府庁前から見る大阪城は、あたりまえながら同じでした。

大阪・梅田 「心斎橋ミツヤ ホワイティ梅田店 」の元祖カニコロッケスパゲティ

 3日連続で梅田に出かけました。珍しいことです。
 ちょっと早めの昼飯は、ホワイティ梅田の地下街の一番目につく角に昔から変わらずにある「心斎橋ミツヤ ホワイティ梅田店 」に入りました。いつ以来でしょうか。
 頼んだのは、「元祖カニコロッケスパゲティ」(700円+税)です。カニコロッケはともかく、ミツヤといえば鉄板に載った熱々のスパゲティが食べたかったのです。鉄板の上で焼きそばのような伸び切った麺がジュルジュルと音を立てているのは、昔のままです。お味の方は、さて昔の味の記憶はありません。

 ハバネロソースをかけてみました。タバスコではありませんが、これでなんだか懐かしい辛さが蘇ってきました。

 一緒にたのんだカフェオレが真っ先に出てきました。

 ショーウインドーをのぞき込むだけで楽しいです。
 手前のプレートは「おとな様ランチ」です。

 ぜんざいからパフェまで、メニューは多岐に渡ります。
 若い客はほぼゼロ。中年以上のご婦人の姿が目につきました。メニューのせいもあるのでしょうが、これだけにぎわっていれば、路線変更する必要もないのでしょう。

 学生時代によく行ったのはアベノ地下街にあったアベノ店です。

 心斎橋ミツヤ ホワイティ梅田店
 06-6312-4761
 大阪市北区小松原町梅田地下街4-7