かかりつけの近所の内科医が、これまでになく混雑していました。帰ってきたら、もう昼でした。飽きもせずにパスタです。
冷蔵庫に1つ、残っていたピーマンと、ピーラーで薄く切ったニンジンをペペロンチーノ・オイルで炒めました。ちりめんじゃこも加えましが、調味料は塩、コショウだけ。分厚い鰹節もトッピングしたので、あっさりとしながらも味わい深い仕上がりとなりました。
シャキッとしたピーマンが好きです。青椒肉絲も食べたくなりました。
1本のタカノツメもよく効いて、タバスコなんて不要です。
高槻のフィットネスジムで気持ちよく汗をかいて、さて昼飯です。久しぶりに商店街を歩いて、向かったのは「ヴァスコ・ダ・ガマ 北園町店」でした。
とここまで、1年前のブログをコピペしました。頼んだのも同じ「季節の野菜カレー」ですが、1300円と100円アップしていました。
うまさには変わりはなく、程よい辛さのこってり濃厚カレーです。ごろごろ野菜とのコントラストもばっちりです。
缶を開けているのも同じです。ジムで流した汗の補充です。
カキのシーズンです。思わず頼みかけましたが、牡蠣鍋を食べたばかりでした。
これまでのヴァスコ・ダ・ガマ
ヴァスコ・ダ・ガマ 北園町店
072-655-8502
高槻市北園町13-30
第二級アマチュア無線技士(2アマ)の無線従事者免許証が郵送されてきました。
総務大臣って誰だったか?と一瞬、考えました。無記名ですが、まあ前任のあのだらしない格好をした方でなくてよかったです。
次は、わたしが高校生だったころ以来の憧れだった14Nhz帯で運用できるよう、無線局免許の申請を行います。
運転免許証と同じカードサイズです。
光線の具合で、富士山と流れる星座、樹林と雲(川?)がホログラムで描かれているのがわかります。
高校生の春と秋に取得した電話級(現4級相当)と電信級(同3級)の免許証と並べてみました。60年もたつと、もう別人です。
受験にはモールス信号の解読が必要(送受信の実技は電信級を取得しているので免除)でした。忘れ去ったトン・ツーの符号を頭に叩き込んでいると、もう一度、モールス符号を使用して交信する電信にも挑戦したくなりました。
その第一歩として、7Mhz帯のモールス通信を受信するための簡単なダイレクト・コンバーション(DC)受信機の製作を思い立ちました。ネットで探すと、個人で安価なパーツセットを販売している方がおられました。「最後の1セット」というのを入手しました。
パーツのうちの小さなコンデンサの印字が老眼の目では読めません。虫眼鏡で拡大して、容量ごとに分類しました。
ハンダづけは好きな仕事です。ぼちぼちと製作を始めました。
ここまで組み上げましたが、さて期待通りに仕上がるでしょうか。
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CQ de JA3UWS
CQは呼び出し符号、JA3UWSはわたしのコールサインです。
次の夢は、こんな交信です。
山城三十山の一座、十三石山に初めて登りました。京都北山を歩く雲ヶ畑山歩き俱楽部の例会でした。
季節は冬ですが、風はなく穏やかな日和でした。それでも今シーズン初の雪とも出会いました。
その昔。雲ヶ畑から京の都に花や柴を運ぶために往来しました。今は廃れた古道です。博識リーダーの講座で教えられるいことが多い、楽しい山歩きでした。
【2025/12/13 09:22】
雲ヶ畑の市ノ瀬に集合。リーダーからルートの説明を受けました。
早刈谷の林道を進みます。
谷に陽の光がこぼれてきました。
シダの上に雪が氷となって降り積もっていました。
だれもいない小屋から焚き火の煙が上がっていました。山仕事をされているのでしょう。
林道を外れて杉林の山道となります。幅は1メートルほどと広く、荷車が行き来したそうです。
満樹峠に到着です。万寿峠とも書きます。
「満樹峠というのは、平安京が造営された時、このあたりの大樹巨材が多く、老木が山に満ちていたから満樹と名付けられた⋯」(金久昌業「北山の峠」)
こんな資料をリーダーがコピーして配布。説明を加えてくれます。
十三石山の頂上直下を歩いていると、なんと山頂標識が転がっていました。風に吹き飛ばされて来たのでしょうか。拾って元のピークに戻しました。
山頂にはいくつもの標識がぶら下がっていました。
そろって記念撮影(メンバー撮影)
少し離れた十三石山西峰も踏みました。ルートはかなり荒れていました。
満樹峠に戻り、氷室に向かて進みます。途中に寺山への分岐がありました。
京都一周トレイルと合流です。おなじみの標識が立っています。
足元には、これもおなじみの像です。
氷室神社の前で昼食としました。穏やかな陽だまりでした。
わたしの昼飯は、途中のコンビニで買ってきた弁当とミニ・カップラーメンです。
久しぶりの「天下一品」です。それらしいお味は?
氷室神社を参拝します。
本殿の前にある拝殿は、東福門院(徳川家康の孫で後水尾天皇の皇后)が寄進した唐破風屋根をもつ珍しい構造だそうです。
桃山風という変わった彫り物が載っています。
氷室の穴も残っています。
ここに冬の雪を貯蔵して、夏に都へ献上しました。菓子の水無月の元祖です。
窪地は3つありました。
小峠を境に、明るい氷室の里から薄暗い盗人谷となります。
3年前には渡ることができた丸太橋は、通行不能となってました。橋脚が腐って、崩れ落ちそうです。
山幸橋まで下ってきました。
雲ヶ畑街道を下り、車をデポしていた柊野運動公園がゴールでした。
スイス・レーティッシュ鉄道のベルニナ線に、イタリア北東部のティラーノから乗り込みました。オープン・ループ橋や山上湖、雄大な氷河などのアルプスの絶景を楽しみ、中間のアルプ・グリュムで途中下車しました。走りすぎるにはもったいない時間でした。
駅舎につながるレストラン「WeissbierGarten」に直行しました。「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」です。
氷河を眺めながらのビールです。サイコーにうまいシチュエーションでした。
パリュー氷河がのぞいていました。
標高2091mにあります。ラックレールを使わない粘着方式のベルニナ・エクスプレスは、グルリっと回って登ってきました。
丹波篠山の郊外にある人気の蕎麦屋さん「手打ち蕎麦 くげ」です。三田に住む友人が教えてくれました。
「天ざる(季節の野菜天ぷら)」(1850円)です。
ちょっと緑色がかっても見える細い十割そばです。香ばしくて喉越しもよいです。うまいです。
野菜天ぷらはボリュームがあります。どれも揚げたてさくさくで、野菜本来の味がしました。
つゆは醤油が濃い辛めで、さっぱりとしていました。
常陸秋そばだそうです。
ちょっとピンボケとなったそばつゆです。トロリとスープのように濃厚で、お代わりまでして飲み干しました。
メニューはそれほど多くはありません。
古民家風の佇まいです。大きなテーブルの向こうに、田舎の風景が広がっていました。
手打ち蕎麦 くげ
079-506-9802
丹波篠山市草ノ上227
わたしの住むマンションは水道設備の工事で、昼間は断水でした。天気も良いので急に思い立って丹波・立杭までドライブしました。立杭焼のショールームのような陶の里やお気に入りの窯をまわり、小皿を買いました。
篠山からデカンショ街道を走る帰り道からちょっと入ったところにありました。車があって、知っていなければ訪れることない店ですが、開店前から行列ができるそうです。きょうは昼過ぎで一段落のタイミングだったようで、ゆっくりとしました。
JR高槻駅前のジムからの帰り道。ランチの店を探すのも億劫となり、駅コンコースのパントリーJR高槻駅店に寄りました。パスタの具材となりそうなものを物色。「焼きいわしのアヒージョ」の缶詰にしました。
後は簡単。パスタを茹で、別のフライパンでオリーブオイルと缶詰の残りのオイルをニンニクと温めただけです。パスタを茹でる塩以外には、調味料のたぐいは使っていません。
アヒージョとはいえ、醤油味が強い和風の味付けになりました。色合いもイマイチですが、お味は上々でした。
柔らかくなったいわしは、骨を感じることすらありませんでした。
茨城県産でした。
ベランダに残っているイタリアンパセリをとってきて、刻みました。
ドイツのワイマールといっても、高校の世界史で習ったワイマール憲法くらいしか思い当たりませんでした。
バッハゆかりの地でした。2度も訪れました。
町の中心、マルクト広場に面したホテル・エレファントの中庭のテラスでいただいたBandnudeln(リボンパスタ)です。こってりと濃厚味でした。
シュパーゲル(白アスパラガス)のスープも絶品でした。
最初のドイツ旅行(1995年)で泊まった1542年創業の町で一番古い5つ星ホテルでした。おかげで二度目は臆することもなく、優雅な時間を過ごすことができました。
ずしりと重い部屋のキーホルダーです。ホンモノは部屋番号が彫られていました。同じものを土産にしました。文鎮にでもなりそうと、30年も机の引き出しに入ったままです。
ワイマール憲法が制定された国民劇場の前には、ゲーテとシラーの像が立っていました。
「反田恭平 with ベルリン・ソロイスツ」を、神戸・三宮の神戸国際会館こくさいホールで聴きました。先週の「ピアノ・リサイタル2025」と同じプログラムです。
前から2列目の正面と、またもかぶりつきでした。ピアノと弦が弾ける音が目の前を交錯するのを期待しました。
ところが、あれれ⋯。モーツァルトの「きらきら星変奏曲」の出だしから、ピアノの高音がキラリと輝いてはくれませんでした。反田くんの腕をしても、ホールやピアノの質をカバーするのは難しかったということでしょう。よく響くクラシック音楽ホールと、デッドな多目的ホールの違いは明らかでした。
ベルリン・ソロイスツは、さすがベルリン・フィルのアンサンブル所属の弦楽奏者らしい演奏でした。なかでも演奏をリードするビオラがすごく、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番のクライマックスに向けての盛り上げと、ペースを合わせる反田くんのピアノはまさに圧巻でした。ベルリン・フィルハーモニーで聴いた感動の夜を思い出させてくれました。
アンコールの「ふるさと」は、耳慣れた曲です。チェロが朗々と歌い、さすが反田くんのピアノも限りなく美しいニッポンの情景を描いてくれました。
反田くんのFaceBookにリハーサルの模様がアップされていました。
ロビーにはスタバが入っていました。でも満員でした。
三宮の夜景が綺麗でしたが、時間も遅く、そそくさと帰宅しました。
My memory の5つ目のシリーズは「旅ランチ」とします。旅の途中に食べたランチと思い出です。やはりパスタが多いです。
スイス・エンガディン地方のサンモリッツからポストバスに揺られて1時間半。ブレガリアの谷の最奥の村、ソーリオにたどりつきました。
村を散歩した後の旅ランチは、ホテル・パラッツォ・サリスの裏庭にあるイル・ジャルディーノでいただきました。
メニューを見て安心して頼めるアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノです。改めて画像を見ると、トマトも入っているようにも思えます。でも、シーンを含めてすごく美味しかったということしか覚えていません。
ホテルは、17世紀に建てられた貴族のお屋敷だったようです。
観光客もまばら。静かな村の迷路のような路地に迷い込みました。
アルプスの画家、セガンティーニは「天国の入り口」と称しました。
村のはずれまで歩きました。教会の向こうにアルプスがそびえます。氷河が光っていました。