アーレ川に囲まれたスイスの首都、ベルンです。中世の美しい街並みが残る旧市街を突っ切り、ニーデック橋を渡って急坂を登ったことろにバラ公園がありました。
公園のレストランのテラス席でひと息つきました。
シンプルな「本日のランチ」です。川魚のポワレだったのでしょう。
冷たいビールがおいしかったです。パラソルの下で、ゆっくりとした時間を過ごしました。
バラがきれいに咲いていました。
町を見下ろしました。赤い屋根が連なり、尖塔がそびえていました。
アーレ川に囲まれたスイスの首都、ベルンです。中世の美しい街並みが残る旧市街を突っ切り、ニーデック橋を渡って急坂を登ったことろにバラ公園がありました。
公園のレストランのテラス席でひと息つきました。
シンプルな「本日のランチ」です。川魚のポワレだったのでしょう。
冷たいビールがおいしかったです。パラソルの下で、ゆっくりとした時間を過ごしました。
バラがきれいに咲いていました。
町を見下ろしました。赤い屋根が連なり、尖塔がそびえていました。
クリスマスの朝。パソコン開くと、待ちわびていたメールが届いていました。第2級アマチュア無線局の免許状が交付された通知でした。
近畿総合通信局のお役人のイキなタイミングへのはからいでもないでしょうが、わたしには最高のプレゼントでした。
2アマの従事者免許証と無線局免許状がそろい、念願の14Mhz帯デビューを果たすことができました。ボケ防止のため、この夏に独学で受験勉強を初めて以来のお遊びプロジェクトが完結しました。
ベランダに取り付けているアンテナを、購入済の14MHz帯用と交換しました。
雨が降る中、アンテナと送信機との間を何度も往復して調整しました。
マンション4階のベランダがある南側の部屋に置いているトランシーバー(送受信機)、八重洲無線のFT891Mと、古いノートパソコンです。
これでFT8やFT4という形式のパソコンを使った交信をします。
実際の操作は、北側のわたしの部屋のパソコンとリモート接続して行っています。
ディスプレー2台の大きな画面です。
早速、ハワイのAH6AH局と交信すること成功しました。JA3UWSはわたしのコールサインです。
赤字の部分が、その時の交信ログです。
相手局のCQ呼び出しに対してわたしが受信した信号の強さで応答。相手局も信号強度を知らせてきて、「さようなら」を意味する73を送り合って交信成立です。それを実際に話すわけではなく、パソコン内のプログラムで行います。
お互いの名刺交換みたいにQSLカードを交換します。それもネットで行います。相手局のカードはまだ送られてきていませんが、サンプルはネット公開されています。一足先にダウンロードしました。
わたしが相手局に送ったQSLカードの控えです。
こんなQSLカード交換作業も、パソコンが自動で行ってくれます。
その後、地球の裏側の南米・チリの局とも交信しました。その交信を画像でも確認することが出来ます。
冬の今どきは、あまり電波状況がよくありません。それでも午後の数時間で台湾、フィリピン、中国、オーストラリア、ロシアなど10局ほどと交信しました。
お正月は孫と凧揚げをするのが恒例となりました。じーじが手作りします。
2026モデルは、シルバー・イーグルとラムスレッド・カイトです。といってもネーミングほどにたいしたシロモノではありません。アルミ蒸着シートを切り貼りしました。
さっそく淀川の河川敷公園に行って、テストフライトをしました。風は弱かったですが、軽々と舞い上がってくれました。
カラス凧としてネットなどに作り方が掲載されているポピュラーな凧です。真っ黒なゴミ袋で作っているケースがほとんどです。だからカラスです。
わたしは銀色に輝くシートで作ったので、格好良くシルバー・イーグルと命名しました。
鳶(とび)でも良いのですが、英語だとカイト。凧のこともカイトというので、カイト・カイトではさまになりません。
糸をグイグイと引くと、羽ばたきながら舞い上がります。
失敗は、骨組みがかたすぎたようで、思ったようには羽ばたいてくれません。
きょうは日差しがないうえに逆光だったので、シルエットだけです。やっぱりカラスですね。
3歳の孫娘用にと作ったラムスレッド・カイトは、予定通りに微風の中でもふわりと浮き上がりました。
近所のホームセンターで材料を買ってきました。竹ひご以外は併設の百均です。
レスキューシートという名のアルミ蒸着シートが100円というのは、値打ちがあります。ザックに入れておけば、山でいざということがあっても助かりそうです。
ネットで調べた設計図を頼りに、方眼紙で型紙を作ります。
シートを切り出します。
両面テープで張り合わせます。
ラムスレッド・カイトは、気柱凧とも呼び、空気の圧力で形を維持する凧のことです。骨組みはありません。
糸を繋いで、1時間ほどで出来上がりました。
シルバー・イーグルは、もう少し面倒でした。作り方は同じで、こちらには骨があります。
重ねて切り立ったシートを広げると、翼長が140センチほどもあります。
骨を貼り付けて完成しました。
孫と遊ぶ凧作りは、2022年モデルがヒコーキ凧。その後、ヘキサゴンー回転凧ー四面体凧と欠かすことなく続いています。この2年は凧が複雑すぎて重くなり、うまく揚がってくれませんでした。その反省から、初心に帰って揚がりそうという条件を満たしそうな凧にしました。
孫は3人いますので、もう1つ、残った材料で作ろうかと思います。
これまでの凧をつくる
ドイツで和食を食べたのは、ここだけだったでしょう。ドレスデンのホテルにあった「小倉」です。漢字混じりの立て看板に引き寄せられました。
「刺身定食」(14ユーロ)です。1ユーロがたった100円だった時代です。
ループド・メール(地中海産のスズキ)にヒラマサ、サーモン、タコ、マグロとどれも新鮮でした。
奥さまは「寿司の盛り合わせ」でした。温かいお茶が、それだけでうれしかったです。
1泊100ユーロ(1万円)ほどだったホテルの朝食には、豪華キャビア付きのゆで卵が並びました。
ドレスデン 「Am Terrassenufer Hotel」のキャビア付き朝食
バウムクーヘンはドレスデンが発祥ともいわれます。1825年創業の老舗、クロイツカムで土産に買いまいた。お味の方は⋯。
嵐電(京福電気鉄道)の北野線は大正14(1925)年、京都電燈によって北野ー高雄口(現・宇多野)間が開業しました。ことしで100周年を迎えました。
新型車両の「KYOTRAM(きょうとらむ/モボ1型)」も今春、デビューしました。100周年のヘッドマークをつけて宇多野のホーム脇の残り紅葉を横目に走りすぎました。
暖かな一日でした。嵐山本線から北野線が分岐する帷子ノ辻(かたびらのつじ)から10駅、北野白梅町まで3.8キロをカメラ片手に歩きました。
冬枯れの鳴滝ー宇多野間です。桜のシーズンにはピンクのトンネルとなります。
帷子ノ辻では、100周年写真展が開かれていました。どれも見入るような嵐電の歴史が詰まっていました。
今はない北野駅を撮影したパネルもありました。
京都の町を歩きました。ダウンコートを脱いでも汗ばむほどの暖かな日和でした。
本編は明日にでもアップするとして、西院(西大路四条)まで戻ってきての昼飲みです。「昼からやってる立ち呑み屋です」の看板に、イチもニもありません。
「本日のお造り 盛り合わせ」(550円)です。タイとサーモンと、もうひとつは? なにはともあれ旨いです。
とりあえずの生中です。
「ちくわの磯辺揚げ」です。揚げたてです。
お隣を見ると、生センマイやらレバーやらがおいしそうでした。わたしはちょっと苦手です。
ジムハイボールを追加で2杯。
マイブームのピーマンも。
テレビ局のカメラも入っておおにぎわいとなりました。本番は前日に撮影したそうで、きょうは料理だけをアップで撮影していました。
路地裏 stand 五光
075-311-5566
京都市右京区西院高山寺町12-12 タカギテナント 1F
オランダのデン・ハーグ(日本では単にハーグとも)は、事実上のオランダの首都ともいえる都市です。国際司法裁判所もあります。
官庁街ともいえるビネンホフの路上カフェでランチとしました。「ロールパン with ベーコン、チーズ、トマト、エッグ」といったネーミングの一皿です。
そして、オランダといえハイネケンです。ラドラーというレモン味のビールも爽やかでした。
訪れたのは、年に一度の国王パレードの日でした。ノッポのオランダ人の後ろから、色鮮やかな衛兵、騎兵、そして王族の馬車を見送りました・
やって来たのは、フェルメールの「「真珠の耳飾りの少女」と再会するためでした。期待に反してマウリッツハイス美術館は、パレードのために臨時休館でした。
フィステーラはスペイン語で「地の果て」を意味します。カミーノ巡礼で西へ西へと800km近くも歩き続けて聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。さらに100kmほど歩くと大西洋に突き当たります。巡礼の最終的なゴールです。
フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからフランス人の道を歩いた2度目の巡礼でした。バス・ツアーで訪れました。
海辺のレストランでいただいた最高のランチでした。巡礼のシンボル、ホタテ貝にマテ貝にムール貝、エビの数々⋯。そして欠かせないのがボトルでついてきたワイン。長い旅には、こんなごほうびが待ってました。
岬の先端からはるか大西洋を見つめました。
Paso a paso Dos エピ1=10/1 フィステーラ、ムシアへ
ポルトガル北部のポルトから歩いた3度目の巡礼でも訪れました。