旅の写真 10日間 vol.7 ベルリン

 「7」がないって? ベルリンを走るトラムです。旧東ドイツ側のテレビ塔から見下ろしました。7両編成です。急カーブを曲がれるように、短い車体が数珠つなぎになっています。共産党独裁時代に建築された、コンクリートで規格化されたような味気ない街並みを走っています。
 現代のLRTは、車いすにもワンコにも優しいです。
 旧西ドイツ側にはトラムの姿はありません。

 東西統一の象徴である連邦議会は、シュプレー川の遊覧船からもよく見えます。この裏手にブランデンブルク門があります。

 ベルリン大聖堂は、ひときわ目を引くドームが印象的な建物です。結婚式が行われていて、壮大なパイプオルガンがメンデルスゾーンの結婚行進曲を奏で始めました。

 ベルリンを3度も訪れたのは、これがあるからです。
 ヘルベルト・フォン・カラヤン通りを期待に胸膨らませて歩いてくると、ここにやってきます。ベルリン・フィルハーモニーです。左が大ホールです。

 マリス・ヤンソンスが指揮するドボルザークの「新世界」が終わったところです。ヤンソンスの一挙手一投足にくぎ付けになりました。間違いなく、これまでに聴いた最高のシンフォニーでした。

 サイモン・ラトルは大阪・シンフォニーホールでも聴いています。でも違いました。
 ブラームスの「交響曲2番」の一糸乱れぬ大爆発でした。金管が弾けてその風圧に圧倒される中に身を置きました。

 樫本大進がコンマスと務めるステージです。
 ピアノのアリス・紗良・オットが裸足で、天女のようにヒラリと登場しました。残念ながらその画像はありません。

 後日、ベルリンフィル・デジタル・コンサートホールにアップされた紗良・オットの姿を、自宅でゆっくりと楽しみました。
 旅の楽しさは、何度でも振り返ることができる思い出を作ってくれることです。

 
 

旅の写真 10日間 vol.6 コペンハーゲン

 コペンハーゲンにはトラムは走っていません。全廃されてしまいました。
 朝の通勤ラッシュです。皆さん、自転車をこいでました。健康的ですよね。
 おとぎの国のお城のようなコペンハーゲン中央駅を出発する「IC3」型の気動車です。「ヤツメウナギ」の愛称をもつデンマーク国鉄(DSB)の顔です。車両端には、ゴム製の大きな連結幌がついています。このため、編成連結が簡単という、すこぶる合理性を備えたデザインです。ホームからの転落防止にも役立ちます。 

 ハンブルクに直行する奥さまのツアーと別れて、ひとりコペンハーゲンまで回り道したのは、「渡り鳥ライン」と呼ばれる海峡横断鉄道に乗りたかったからです。
 ドイツ国鉄(DB)自慢のICE気動車版、ICE-TDでコペンハーゲンを出発。ロービュからのバルト海19キロは、列車ごとフェリーに乗り込んで渡りました。45分の船旅まで体験しました。ただ風が強いばかりでしたが。

 ドイツのプットガルテンに上陸しました。列車の横を大型トラックも走ってました。
 このルートは2019年から運休になり、現在は陸上ルートになっています。

 ハンブルクのレーパーバーンは飾り窓で有名です。ビートルズが活動を始めた街でもあり、「ビートルマニア」というミュージアムがありました。
 わたしは「ミニチュアワンダーランド」を楽しみました。鉄道模型とジオラマの驚愕スポットです。計12kmにもなるHOゲージ線路が敷かれ、890両の車両が縦横に動き回っていました。

 ハンブルクから遠くない塩の町、リューネブルクの聖ニコライ教会です。ここで奥さまたちの女声アンサンブルが日曜ミサに献歌しました。
 高いドームに、澄み切った声が響き渡りました。

 同じハンザ同盟都市のリューベックにあるホルステン門は、その重みから傾いています。
 左にそびえているのがマリエン教会です。バッハがパイプオルガンを聴くため、はるばる数百キロの道のりをやってきたそうです。

 で、無理やりにこじつけてバッハがカントールとして活躍したライプツィヒの聖トーマス教会です。
 ここでBCJのバッハ「マタイ受難曲」を聴きました。

 ライプツィヒ中央駅には、トラムがひっきりなしにやってきました。

旅の写真 10日間 vol.5 グラーツ

 オーストリア第2の都市、グラーツには2010年と19年に訪れました。旧市街のハウプト広場は同じですが、走っているトラムはLRTに変わってました。わたしは味のある古い車両の方が好きです。
 わざわざグラーツまで観光に出かける人はそれほど多くはないでしょう。わたしは、1854年にアルプス山脈を越える初めての鉄道として開通したゼメリング鉄道のルートを走りたかったのです。
 その後、息子がグラーツに本社がある企業に転職して、たびたび出張するようになりました。奥さまも「どんなとこか行ってみたい」となりました。

 鉄道のグラーツ中央駅前は、きれいに整備されてトラム駅は地下化されていました。そこへ博物館から出てきたような旧型車がやってきました。

 ライプツィヒの聖トーマス教会近くにある鉄道模型店でみやげに買った車両です。なんとこのモデルでした。

 行先字幕にエッゲンベルクとありました。最初の旅では、時間切れでした。 

 エッゲンベルク城の「日本の間」には、17世紀初頭に制作された大坂城を中心に町の様子が描かれた「大坂図屏風」が残っています。古伊万里などとともに、ここまで渡ってきてました。8曲の屏風は1扇ごとに解きほぐされ、壁面に張り込まれていました(内部は撮影禁止)。

 おとぎの国のお城のようでした。

 グラーツは大指揮者、カール・ベームが生まれた地です。ザルツブルクで亡くなりましたが、墓はグラーツにあるそうです。
 このサインは、ウィーンのオペラ座近くの歩道に埋め込まれていました。

 ザルツブルクの郊外には、もうひとりの大指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンが眠っています。わざわざ墓参りに訪れました。意外なほどに質素な墓でした。

 ザルツブルク音楽祭では、祝祭大劇場でベルリオーズの「幻想交響曲」を聴きました。初めて聴いたウィーンフィルハーモニーの弦が限りなく美しかったのを覚えています。

旅の写真 10日間 vol.4 ゲント

 ベルギーの古都、ゲントでは遊覧船からレイエ川に沿って建ち並ぶ壮麗なギルドハウスや鐘楼などを眺めました。
 ガイドさんは「トラムに乗ってモスコーにも行けるんですよ」と、橋の上を横切るトラムを指さしてしゃれていました。

 トイレが借りたくて入ったマクドナルドの窓からも、こんな眺めです。
 向こうにそびえる聖バーフ大聖堂には15世紀フランドル絵画の最高傑作といわれるヤン・ファン・エイク作の「神秘の子羊」がありますが、ミサ中で見ることはできませんでした。16世紀につくられた本格的なカリヨン(複数の釣り鐘からなる楽器)もあったようです。

 カリヨンの音を間近に聞いたのは、アントワープのノートルダム大聖堂でした。「フランダースの犬」のネロが憧れたルーベンスの3つの祭壇画が飾られていました。
 細い路地を縫うようにかわいいトラムも走っていました。

 馬車のパレードにはデン・ハーグで出会いました。アムステルダムから列車で1時間ほどのところです。
 その日は、年に1度の国王のパレードが行われていて、町は大混雑でした。おかげで、わざわざやって来たマウリッツハイス美術館は臨時休館でした。 

 フェルメールの名画「真珠の首飾りの少女」は、東京まで旅してきたときに出会ってました。もう一度、ゆっくりと会いたかったのです。

 フェルメールの絵画は37枚しか残っておらず、それが世界中に散らばっています。
 アムステルダム国立美術館にはそのうちの4点が、さりげなく並んでいました。フラッシュをたかなければ、カメラ撮影もOKでした。

 ウィーンの美術史美術館には「絵画芸術」が、あまたの作品の一つとして飾られています。
 「世界一きれい」といわれる美術館内のカフェでゆったりとしました。

 ベルリンの国立絵画館には2作品が所蔵されています。ところがお目当ての「真珠の首飾り」は見当たりませんでした。館員に尋ねると「東京に行っているわ」。

 ドレスデンのアルテマイスター絵画館は、ラファエロの「システィーナのマドンナ」で有名です。フェルメールの初期の作品「取り持ち女」はその後、大阪にもやってきました。

 絵画館の隣にはゼンパーオーパー(旧ドレスデン国立歌劇場)があります。ここでメンデルスゾーンのバイオリン・コンチェルト(メンコン)を聴きました。
 窓からは王宮やフラウエン教会(聖母教会)がよく見えました。黄色いトラムも風景に溶け込んでいました。

旅の写真 10日間 vol.3 ウィーン

「音楽の都」とも呼ばれるウィーンは、トラム好きにもたまらない「わが夢のまち」です。
 城壁を取り除いてできたリンクの上を、そしてそこから四方に延びるようにあちこちに白赤ツートンのトラムが走っています。
 ウィーン市交通局交通博物館には、1865年にウィーンを初めて走った馬車鉄道から現役ばりばりの地下鉄まで、時代を追っていろんな車両が展示されています。

 定規とは無縁の設計のようなフンデルトヴァッサー・ハウスの前を、これまた丸っこくてかわいいデザインの旧型トラムが走ります。

 低床のLRTも増えています。
 ウィーンでは、ドイツ語そのままにシュトラーセン・バーンです。ただし「ß(エスツェット)」は「ss」と表記されています。

 リンクに面した国立歌劇場(オペラ座)の前も走っています。夜のオペラ座の屋上から見下ろしました。

 この日の舞台は、ヴェルディのオペラ「運命の力」でした。天井桟敷というのを試してみたくて、最上階の席からカーテンコールを見下ろしました。

 フォルクスオパーにもトラムに揺られて向かいました。スメタナのオペラ「売られた花嫁」は、現代風の衣装、セットで演じられました。

 音楽の都のとどめは楽友協会(ムジーク・フェライン)です。黄金のホールでベートーベンの交響曲「第9」を聴きました。圧倒的な迫力でした。

 4回も旅したウィーンです。次に訪れるのは、いつの日でしょうか。

旅の写真 10日間 vol.2 インスブルック

 「旅の写真 10日間」の2日目は、オーストリア・チロル地方のインスブルックからスタートです。
 真っ赤なトラムが素敵でした。2度も冬季オリンピックが開催され、そのスキー・ジャンプ台が見えました。
 ハプスブルク家のマクシミリアン1世が神聖ローマ帝国皇帝となり、帝都とされ文化と政治の中枢となりました。インスブルックのシンボルとされる「黄金の小屋根」は、そのマクシミリアン1世の結婚を祝って作られたそうです。 

 チロルには、いくつかの登山鉄道が今も走っています。
 アッヘンゼー鉄道は、インスブルックから鉄道で東へ半時間ほどのイェンバッハからアッヘン湖畔にあるゼーシュピッツまでの6.76kmを走る軌間1000mmの登山鉄道です。急こう配を昇るラックレール式の、しかも19世紀末に製造された蒸気機関車で定期運行されている登山鉄道としては世界最古だそうです。
 2019年秋に乗りました。ところが、2020年春に運営会社が倒産して、現在は運行を中止しているようです。残念です。

 ザルツカンマーグートのシャーフベルク鉄道にも乗りました。

 シャーフベルク(1783m)山の上からは、ザルツカンマーグート地方の山々と、ヴォルフガング湖などの雄大な風景が広がっていました。
 映画「サウンド・オブ・ミュージック」は、家庭教師のマリアが子どもたちと山の上で「ドレミの歌」を歌うシーンから始まります。その舞台がここです。

 映画のもう一つの名曲が「エーデルワイス」です。
 アルプス3名花のひとつであるエーデルワイスは、マッターホルンと向き合う丘の上で自生しているのと対面しました。感動しました。

 マッターホルンが間近に望めるゴルナーグラート展望台まで登山鉄道で登りました。標高3089メートルの展望台からは、4000メートル峰のアルプスの大パノラマが広がっていました。

旅の写真 10日間 vol.1 アムステルダム

 「旅の写真 10日間」。タイトルはちょっと違うかもしれませんが、そんなチャレンジです。
 知り合いのピアニストのお嬢さん、Chikaちゃんからバトンを引き継ぎました。というか、Chikaちゃんと並走です。
 旅の写真を毎日1枚、10日間、何の説明も加えずにFaceBookのページにアップするというのがルールのようです。
 それだけではちょっと寂しいですので、Myブログで補足の写真と説明を加えていきます。テーマはトラム(路面電車)と音楽です。
 スタートはアムステルダムのトラムです。行先表示が「1」です。

 JR東京駅とも似ているアムステルダム駅からトラムはあちこちに向けて延びています。

 市街地の道は狭いので、あちこちがガントレット(単複線)になっています。向こうからトラムが来ると、一時停止です。

 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠地ホール、コンセルトヘボウの前も走っています。

 このホールでわたしが一番魅かれたマリス・ヤンソンスの指揮するプロコフィエフのシンフォニーを聴きました。全員、スタンディングの大拍手です。2014年のことで、ヤンソンスがコンセルトヘボウを振った最後のシーズンでした。

 いま、一番聴きたいのは、オランダ・バッハ協会の演奏するバッハです。マスクを外して、晴れてアムステルダムを訪れることができるのは、いつの日でしょうか。
 旅に出られない日が永くなっただけに、旅への思いが募ります。

JR京都線 ねじりまんぽの奥田ノ端橋梁

 ちょっと寒さが戻りましたが、よく晴れました。カメラをザックにウォーキングしました。
 西国街道を西に向けて歩きました。お隣の高槻に入りJR京都線に沿って歩くと、いくつもの「まんぽ」があります。
 鉄道や天井川の下をくぐるレンガや石積で作られたアーチ状の小規模トンネルです。その中でも積み上げられたレンガがねじれているのが「ねじりまんぽ」です。
 国内に30ほどしかない珍しいねじりまんぽのひとつが「奥田ノ端橋梁」です。

 線路に対してトンネルは斜めに貫いています。元は川が流れていたようです。
 そのためアーチ部のレンガが斜めにねじって積まれたのです。

 ワープゾーンに吸い込まれるような感覚です。

 基部は普通に積まれ、アーチ部がねじれています。
 アーチ部は交差する線路に対して直角になるよう積まれていて、交差角により左巻きも右巻きも存在します。

 「レンガ造りのアーチ橋」といして「高槻まちかど遺産」に登録され、プレートが設置されています。
 明治9(1876)年に京都-大阪間の官製鉄道が開業しました。このときに外国人技師の指導でつくられました。150年近くも現役です。

 北側から見ると、普通のコンクリート製です。「奥田畑」と書かれていますが、わたしは資料で調べた奥田ノ端橋梁としました。
 京都線が複々線化されたときに、北側に新たに2線が増設されました。トンネルもコンクリート製が延長されたのです。
 上部には、名神・高槻ICにつながる高架道路が走っています。

 ちょっと離れたところから振り返りました。尾根を太閤道が通っています。

 ねじれていないまんぽです。

 翼壁もきれいにレンガが積まれています。

 新名神高速の工事が始まっています。この辺りを通ります。それに関連する関電の鉄塔移設工事が行われていました。

 JR京都線の京都-茨木間に4つのねじりまんぽがあります。

JR新幹線 メンテナンス・ワゴンを撮る

 春がやってきたようなポカポカ陽気でした。西国街道を東へ向けてあてもなく散歩しました。お隣の大山崎まで歩いて戻る途中です。
 阪急京都線と並行するJR東海道新幹線の高架側線に、黄色い保線車両、メンテナンス・ワゴンが止まっています。西国街道から見上げるのは上り線側ですが、下り線側にももう1台止まっていることがわかりました。国道171号側から近づき、新幹線がやってくるのを待ちました。
 コロナのため減便しているのでしょうか。上り新幹線が現れるのをしばらく待って「撮り鉄」となりました。
 2枚目は下りの最後尾ですが、その差はほとんどわかりません。

 MW-3556とMW-3557の2両です。架線の補修などに使われるようです。
 ドクター・イエローの「末弟」といったところでしょうか。

 後ろは天下分け目の天王山です。

 左は桂川右岸堤防上の国道171号です。いつも通る道ですが、ハンドルを握っていると、2両のメンテナンス・ワゴンには気づきませんでした。

 西国街道から見上げます。右は、阪急・大山崎を出発した準急です。

 7.13キロのウォーキングでした。

京都・大山崎 パヴェナチュールの「きのことソーセージ」をテークアウト

 お隣の大山崎町までウォーキングしました。「あそこのパン屋さんなら行く」と奥さまも一緒です。
 パヴェナチュールで「きのことソーセージ」(275円)やサンドイッチ、大好きなバケットなどをテークアウト。すぐ近くの史跡大山崎瓦窯跡公園のベンチでいただきました。こういうシチュエーションを想定して、温かい紅茶をポットに入れてもってきました。
 しっとりとしたベースのパン生地がおいしいので、何がトッピングされていてもgoodです。

 たっぷりのハムと、フレッシュ野菜です。半切れづつシェアーしましたが、食べ応えがあります。

 ブーランジュリエ パヴェナチュールは、山崎聖天のちょっと東の山沿いの道にあります。見晴らしのよい高台です。
 女性店主は、フランスと京都の人気のブーランジェリー「ル プチメック」で修業されました。

 店内には明るいイートインのスペースがあります。休日は行列です。きょうはガラガラでしたが、テークアウトしました。

 パヴェナチュール
 075-952-1188
 京都府乙訓郡大山崎町大山崎白味才51

 もう一つの企みがありました。チタニウム製のシェラカップをゲットしました。直火にかけることができます。
 自作アルコールバーナーに火をつけ、エスビット(五徳)にセットしました。安定して載ります。
 湯が沸騰したところで、インスタントのコーンポタージュスープを注ぎました。

 スプーンを忘れたので、唇をやけどしないように用心して、直接すすりました。暖かな日和だったとはいえ、温かなスープは体にしみます。

 大山崎町の西国街道沿いにアウトドアショップ「風街道具店」はあります。ここで欲しかったシェラカップを買いました。
 Belmontというアウトドア・ブランドのチタニウム製シェラカップ「BM327」です。容量は480mlです。日清食品のカップヌードルの調理に必要な湯量は約290ccですから、これで十分です。

 風街道具店
 京都府乙訓郡大山崎町茶屋前17
 075-874-5411

 史跡大山崎瓦窯跡公園は、平安京造営にあたって瓦を生産した遺跡です。昨年6月に整備されてオープンしました。
 このベンチで、正面の男山を眺めながらパンをいただきました。

 いくつもの窯跡が並んでいます。
 JR京都線の電車が通過します。手前に阪急京都線が、向こうにJR東海道新幹線が走る交通の要衝です。

 帰り道です。細い路地の先にJRのかわいい踏切が見えました。はじめての道に踏み込みました。
 阪急京都線をまたぐ小さな跨線橋から西を向くと、目の前をJR京都線が横切っています。「撮影ポイント①」と地図に記した場所です。
 カメラを構えて待っていると、両方の電車は次々に通過します。でも、両方が同時にというタイミングはやってきませんでした。
 で、ダマシ技です。この画像は別々に撮った2枚を合成しています。 

 もう少し西に歩いた「撮影ポイント②」です。「①」の反対側から見ています。こちらも合成です。
 新しい画像処理ソフトには、簡単に画像をコンピューター合成してくれる機能もあるようです。わたしは古いPhotoShopですので、単純に手作業の切り張りをしました。まあ、どこでつないだかはわからないでしょう。

 すっかり撮り鉄になって阪急大山崎まで来ると、JR新幹線の高架引き込み線上に「MW-3557」とナンバーがついた車両が留め置かれていました。MWはメンテナンス・ワゴンの略。つまり保線車両です。ドクター・イエローの弟分といったところでしょう。

 ダウンは着てませんでしたが、汗ばむほどの陽気でした。8.71km、1万7000歩と、いいウォーキングでした。