あすからは寒くなりそうという天気予報です。その前に京都を歩きました。
テーマは「京都市電の残影」です。20年ほど前に、路線跡や保存車両を見て回ったことがあります。このブログにも、その記録は残っています。
北野線は京都駅から北野天満宮まで6.3キロをを結んでいました。昭和36(1961)年に廃止されるまで狭軌のままで走っていたチンチン電車です。
路線跡をもう一度、歩いてきました。
カテゴリー: 京都市電の残影
歩いて京都十六社 その1 長岡天満宮~西院春日神社
京都にある16神社を巡って一年の祈願成就を願う「京都十六社朱印めぐり」を始めました。
巡る順番や方法は自由です。わたしは歩くことにしました。GoogleMapでルート探索してみると、ざっと40㌔ほどになります。
スタートは、自宅に近い長岡天満宮に参りました。ここで朱印巡りの朱印帳もいただきました。
初回は、西院春日神社まで4社に参拝しました。20㌔に及ぶロングウォークとなりました。
天満宮(天神さん)は、日本全国あちこちにあります。菅原道真を祭神とする神社であす。
長岡天満宮は、道真が太宰府へ左遷されたときに立ち寄り「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しんだ縁故によって、道真作の木像をお祀りしたのが創立だそうです。
十六社のうちでは、ここだけが京都市内から離れています。ここを起点に時計回りに歩くことにしました。
長岡天満宮
学問の神様 厄除開運
長岡京市天神2-15-13
吉祥院天満宮は、道真公誕生の地とされます。
吉祥院天満宮
受験合格 開運招福
京都市南区吉祥院政所町3
六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)は、清和源氏始祖の源経基を祭神とします。「源氏三神社」のひとつです。
六孫王神社
出世開運 家運隆盛
京都市南区壬生川通八条角
西院春日神社
淳和天皇が退位に伴い淳和院離宮(別名西院)へ居を移すに際し、その鎮守社として創建されました。
西院春日神社
厄除 病気平癒 交通旅行安全
京都市右京区西院春日町61
「京都十六社朱印めぐり」は、2月15日までに16社の朱印を集めると巡拝成就となります。
京城勝覧を巡る 第十三日 「らーめん切符」で鞍馬へ
貝原益軒が記す江戸時代の京都ツアーガイドブック「京城勝覧」を巡る第十三日です。「鞍馬山にゆく道をしるす 京より三里あり」です。
鞍馬や貴船は、いく度となく訪れたスポットです。鞍馬街道を都まで歩いたこともあります。でも、おもしろいものを見つけました。鞍馬まで走る叡山電車(叡電)の「えいでん麺 京都一乗寺らーめん切符」です。1700円で叡電が1日乗り放題のうえ、一乗寺ラーメン街道の7店のうちで好きなラーメンを食べることができます。
展望電車「きらら」で鞍馬までやってきました。きららは、第十一日に比叡山に登った雲母坂からとられています。デオ900系には「メープルグリーン」と「メープルオレンジ」の2編成が走っています。
二ノ瀬-市原間にある「もみじのトンネル」です。紅葉のシーズンには、電車がゆっくりと走ってくれます。
真っ赤とはいえませんが、ずい分と色づいています。
昼飯は、ラーメン激戦区の一乗寺で、もはや古参となった「中華そば 高安」でいただきました。
観光列車「ひえい」で、比叡山の登山口・八瀬にも回りました。
2路線計14.4キロの叡電ですが、全線踏破しました。
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京都水族館 ~孫娘と一緒に
京都水族館に初めて行きました。孫娘(2つ)のお相手です。
ジャンプ!! イルカのショーが始まりました。
さすがに台風がやって来る前の日です。
よく教育されています。というか、イルカの賢さがわかります。
かわいいイルカたちでした。でもー
牛豚はOKでもイルカはNO。有無をいわせず水族館を閉鎖に追い込もうとするSSの無法には、賛同しかねます。
京都水族館
京都市下京区観喜寺町35-1(梅小路公園内)
075-354-3130
梅小路公園の入り口に、懐かしい京都市電が止まっていました。「935」です。
「京都市電の残影」を探していたのは10年も前のことです。
京街道を上る 番外編 竹田街道を京都市電伏見線跡に沿って
伏見宿から京へ上る「京街道」には、すでに歩いた伏見街道の西側を並行する竹田街道というのがありました。日本最初の電車路線である京都市電の伏見線(塩小路高倉-中書島間、7.1キロ)が、ほぼ竹田街道に沿って走ってました。京阪・中書島から歩きました-。
10:32=淀川派流の伏見港です。江戸時代に拓かれた竹田街道は、京七口のひとつ、竹田口から竹田村を通って伏見港までつながってました。
広電広島駅で京都市電と再会する
広島では京都市電がいまも現役で走っています。その姿を見たくて、やってきました。
JR広島駅前の広島電鉄広島駅です。要するに駅前の市電の乗り場です。
新型車などが次々とやってくる中を、カメラを構えて20分ほど待ちました。
見えました。懐かしい車体が。
京都市内の公園などに残されて市電はいくつもこのブログで紹介してきました。わたしが学生時代まで乗った市電と同じ姿で走っているのを見るのは初めてです。
「1903」には「舞妓」という愛称が付いています。ほかにも「嵯峨野」「祇園」などがいます。。
京都市電のロゴマークも残されています。
京都市電が廃止になった後、1900型15両が移籍してきました。
行き先方向幕が大型化され、「ワンマン」表示が撤去されるなどしてますが、ほぼ原型通りです。
広電の路面電車は、今も市民の市として愛されているようです。
ヨーロッパの都市を走るLRTと同じ車両も次々とやってきます。そのうち世代交代となるのも定めでしょうか。
JR西日本が期間限定で発売した「西日本パス」を利用しました。大阪から往復「のぞみ」に乗って、たったの1人12000円です。プラス2000円でレンタカーも借りました。
市電の名残を求めて稲荷線跡を歩く
JR稲荷から踏切を越えて西に歩くと、すぐ左に稲荷児童公園があります。
ここは、かつての京都市電稲荷線の終点、稲荷停留所があったところです。京都駅からここまで、19番の電車が走ってました。
ホームはどのあたりだったのだろうと振り返りました。
路面は、市電の敷石に違いありません。
境界柱に、市電を運行していた京都市交通局のシンボルマークが残ってます。
お地蔵さんが祀られています。
京阪特急が横切ります。出発するとすぐに京阪電鉄と平面交差していました。今では信じられないことです。
稲荷停留所は、この場所にありました。帰宅してネットで調べると、正確に解説してあるHPがありました。
最初の児童公園に隣接する京都疎水上の空間が気にはなっていました。中途半端に椅子が並んで、何だろうかと思ってました。実はここに停留所はあったのです。中央の白線、もうひとつ欄干の向こうにもある白線の間に電車は止まっていたのです。
これはもう一度、確認の必要が出てきました。
化粧直しを終えた「1820」@八幡市・巖商店
きれいに再塗装された京都市電「1820」です。昨年夏は、さび止め塗装で灰色でしたが、久しぶりに通ると、きれいになってました。「くまの」と行き先表示幕もくっきりです。
周辺もすっきろと整備されてます。
上半分の色が、ちょっと白っぽいかなとも思います。でも、こなんなにきれいに補修されて本望でしょう。
レールは敷かれてませんが、枕木上の鉄材に乗ってます。
銘板は、新調されてます。文言は、古いのと同じなんでしょう。
これだけの復元をしてくれた持ち主の巌商店に感謝です。
伏見区に残る京都市電「1800型」
京都・伏見区内には、何台もの旧京都市電が保存されてます。朝に丹波橋までアッシーしたあと、クルマでぐるりと回りました。
まずは、京阪・丹波橋駅の東側にある京都教育大付属桃山小学校(伏見区筒井伊賀東町)です。校庭の隅に「1821」はとまってました。フェンス越しに撮影しました。
外観はちょっと荒れてますが、内部はきれいです。シートは今も使っているのか水色のビニールっぽいものになってます。
正門から見るとこんな具合です。