丹波路 スプリング・エフェメラルに会いたくて

 スプリング・エフェメラル(春の妖精)に会いたくて、丹波路までドライブしました。「咲いているよ」と山友が教えてくれたザゼンソウ(座禅草)です。初めてお目にかかりました。
 仏像の光背に似た赤紫色の花弁の重なりが、僧侶が座禅を組む姿に見えることからそう呼ばれています。
 丹波市の青垣いきものふれあいの里に咲いてました。 

 丹波篠山市の大山宮辺りには、早春の花がいっぱいです。
 アズマイチゲ(東一華)が純白の花を咲かせていました。

 ユキワリイチゲ(雪割一華)には、恥じらうような薄紫のグラデュエーションに染まっています。

一輪だけ蕾を膨らませていました。葉の形からキクザキイチゲ(菊咲一華)でしょう。
 これで「一華三姉妹」と同時に出会うことができました。

 セツブンソウ(節分草)は、辺り一面に見事です。

 セリバオウレン(芹葉黄連)は、線香花火のようにか細く光っています。

続きを読む 丹波路 スプリング・エフェメラルに会いたくて

神よ ウクライナをお守りください・・・

 神よ ウクライナをお守りください・・・
 そんな祈りが聴こえてきました。兵庫県立芸術文化センターの「東芝グランドコンサート2022」で、ピアノの反田恭平がアンコールで弾きました。
 「ショパンのラルゴ」として知ることになった聖歌「神よ、ポーランドをお守りください」変ホ長調(ショパンによるハーモニゼーション、遺作)です。反田が2位に輝いた昨秋のショパン・コンクール3次予選で初めて聴きました。
 それをきょう、弾いてくれました。3分もない静かに歌うような曲です。息を詰めて聴きました。ウクライナの叫びと重なりました。

 新型コロナウイルスの影響で予定されていたスペイン国立管弦楽団が来日できませんでした。
 反田が主宰するジャパン・ナショナル・オーケストラの代演でした。かえって良かったです。若くて瑞々しいハーモニーを響かせてくれました。ベルリンフィルの感動を思いだしたくらいです。
 ショパンのピアノ協奏曲第1番は、ショパン・コンクールでの演奏をYouTubeで何度も聴いていました。でも生はやはり違います。ちょっと長めの前奏に続いて冒頭の和音が鳴り響きました。そのすごさに圧倒されました。

 本来は別プログラムだったギタリストの村治佳織は、定番の「アランフェス協奏曲」(ロドリーゴ)を弾きました。持参したオペラグラスで、その美しさまでも鑑賞しました。
 マイクを握った村治が「東芝グランドコンサートの41年・・・」と話していました。そのプログラムには、東芝社長のあいさつのページに、社長交代を知らせるお断りがはさまれていました。

ラルゴ「神よ、ポーランドをお守りください」(反田恭平)

 

反田恭平 マドリードからのライブ・ストリームを聴く

 反田恭平くんのマドリードでの演奏を、インターネットのライブ・ストリームで聴きました。画像はなく、音声だけでした。
 その昔にも、NHK-FMにライブ放送はありました。それ以来でしょうか。違いといえば、ネット上にはありとあらゆる情報が飛び交っていて、個人が好きなものをセレクトできるところでしょう。
 ショパン・コンクールで2位を獲得して凱旋した反田くんのコンサートは、チケットが取れませんでした。それでも、あちこちのテレビ出演をウォッチしてました。
 スペイン国立管弦楽団をバックにしたプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、日本時間のゴールデンタイムにマドリード国立音楽堂からのライブ演奏を楽しむことができました。

 パソコンから指定されたURLにアクセスすると、つながりました。最初はちょっとつまずき、開始時間が迫っていてハラハラとしました。このブログはパソコンで毎日のように書き続けていますが、ライブ・ストリームは馴染みがありませんでした。
 パソコンから出力されたデジタル情報は、左の箱のDACというデジ―アナ変換器でアナログ音声に換えます。あとはアナログの極みの真空管アンプにつなげて音を出しました。

https://youtu.be/KwgOu61ZfLk

 こんなのも聞いていました。
 生田絵梨花って名前は初めて聞きました。乃木坂46っていわれても、紅白に出てたくらいの情報しかありません。
 それが、カワイ~に一変しました。
 反田くんとの1時間ほどのトーク番組を、飽きずに最後まで聞いてしまいました。音大卒でピアノも弾くということで、二人の話が盛り上がりました。絵梨花ちゃんのファンにまでなってしまいました。

JA3UWS 開局ー初QSO

 JA3UWSが本日、開局しました。半世紀ぶりに復活したコールサインを使ったアマチュア無線局(ハム)です。
 ベランダがある南側の部屋を仮設のシャックとしました。アマチュア無線家が無線機を置くいわゆる無線室のことです。
 窓を開けて、三脚に取り付けた6エレメントの八木アンテナを左右に動かします。ただし、正面は11階建ての隣棟にふさがれていて、南東方向がわずかに開いているだけです。条件は最悪です。
 テーブルの上の送信出力わずか5ワットのハンディー・トランシーバーを使い、433Mhz帯でQSO(交信)を試みました。宇治市内の局と初QSOは成功しました。わたしの声が電波に乗りました。
 卓上の大きなトランシーバーは、目下のところはお飾りで受信専用です。 

 免許状は昨日、郵送されてきました。コピー紙に印刷したような、あまりにも簡単なものでした。半世紀ぶりの思いがこもっています。もう少しカッコが良ければうれしかったです。
 1月11日に申請して、もう届きました。お役所仕事とは思えないスピードでした。

京都・出町 満寿形屋 の京きつねうどんセットと桝形商店街

 京都の大学附属病院で半年に一度の定期検診でした。今回もぎりぎりセーフ。とりあえず放免されました。
 昼飯は、まだ開いているだろうと、出町の桝形商店街にある満寿形屋(ますがたや)にしました。「京きつねうどんセット」(1300円)です。
 まるでコシのないフニャフニャな京都のうどんです。七味家の七味をたっぷりと振りかけて、うまい出汁といただきます。揚げも甘く炊いてあります。ああ、温まります。ほっこりとしました。

 鯖寿しが2切れついています。
 酸っぱさはほどほど。柔らかい鯖と、ちょっと甘めの酢飯です。薄い昆布の下の葉山椒がアクセントです。

 わたしたちがこの日の最後の客で、「上鯖寿しうどんセット」とが一つずつしか残っていませんでした。うどんがきつねかどうかと、鯖寿しも違うようです。

 いつも行列ですが、きょうは待たずに入れました。

 満寿形屋
 075-231-4209
 京都市上京区桝形通出町西入ル二神町179

続きを読む 京都・出町 満寿形屋 の京きつねうどんセットと桝形商店街

「JA3UWS 復活プロジェクト」 開局準備編

 アマチュア無線局(ハム)の復活プロジェクトは着々と進んでいます。
 総務省近畿総合通信局に提出した免許申請は、審査が終了しました。「JA3UWS」という半世紀も昔の名前(コールサイン)で、間もなく再開局します。
 準備の一つとしてQSLカード(交信証)を作りました。そのロケのために、地元・島本町の太閤道に上がりました。標高300mの見晴らし台から、木津川、宇治川、桂川が合流して淀川となる三川合流をバックに、UHF帯のハンディトランシーバーと自作のアンテナを撮影しました。
 早速、JA3UWSのコールサインをいれてハガキ大のカードに印刷しました。交信相手と名刺代わりに交換します。

 水無瀬の自宅から歩き始めてJR京都線をまたぎます。向こうの稜線が目的地です。

 太閤道を反時計回りに歩きます。
 若山神社からも、三川合流が臨めます。ただし、電波状態はあまりよくなかったので、ここは通過です。

 孫娘と同じくらいの保育園児も登ってきました。

 太閤道の4キロほどのハイキングコースは、高槻まで続いています。
 平日ですが、ウォーキングしている人と何人も出会いました。

 初っ端はそこそこの登りです、汗がにじみ出ました。

 新大阪ゴルフクラブのフェンス脇を通ります。きょうはお休みなのか、フェアウェーの芝生をはがして手入れ中でした。

 スタートから1時間半ほどで見晴らし台にやってきました。ここで写真撮影しました。

 アンテナは分解してもってきました。キャンディー缶には、組立用のビスなどが入っています。

 組み立てた6エレメントの八木アンテナです。430Mhz帯用です。
 真鍮やアルミのパイプ、電設用のプラ材でできています。

 写真撮影用の三脚に固定しました。
 アンテナには指向性があるので、相手局によって向きを変化させます。
 きょうは、まだ免許がおりていないので送信はできませんでした。

 もう一つの運用候補地の雨乞い岩まで行きました。こちらの方が西側が開けています。

 そのまま下りました。

 竹林の中でルートを誤り、前回とは違ったところに降りてきました。

 名神高速の梶原トンネル東側入り口を越えました。

 上牧に降りてきました。
 脚の筋力を鍛えるためにも、このコースを歩き続けることにします。

 「JA3UWS 復活プロジェクト」が始動

 雨乞い岩から太閤道 アマ無線の移動地を探す

ICOCA大回りの旅 敦賀まで雪を見に行く

 JR大回りの旅に出ました。琵琶湖を一周する(厳密には一周したらダメ)ルートなら何度か巡ったことがあります。それが、ICOCAエリアの拡大に伴って、上の写真の近江塩津から敦賀までを往復できる特例が適用されることがわかりました。
 北陸新幹線の延伸を2024年春に控えた敦賀は、在来線の向こうに背の高い高架ができ上がってました。
 島本をスタートして京都から特急サンダーバードに乗車。湖西線を敦賀までひと駅でした。帰りは琵琶湖を時計回りに近江塩津から米原経由で大津まで乗車しました。支払った乗車運賃は、島本-大津間の510円ぽっきりでした。これが正規運賃でした。 

 行きの湖西は小雪の中でした。湖東を走った午後になると晴れ上がり、白い伊吹山が堂々としていました。

 大津で下車しました。駅ビルにあったちゃんぽん亭で「海鮮ちゃんぽん」(970円)をいただきました。ちょっと遅い昼食でした。
 昔なら、あちこちの駅のホームで駅弁を買うことができました。駅そばもありました。多くが姿を消してしまいました。さみしい、そして不便なことです。 

続きを読む ICOCA大回りの旅 敦賀まで雪を見に行く

雨乞い岩から太閤道 アマ無線の移動地を探す

 よく晴れた暖かな一日でした。わが家の裏山と勝手に言っている太閤道を歩きました。
 アマ無線のハンディー・トランシーバーの運用地を探すのが目的でした。
 もう一つはパスタです。ケチャップで味付けして、アウトドアで食べればいつでも満点です。

 羽柴秀吉が、本能寺の変を知って水攻め中の備中高松城から「中国大返し」で京に戻るために通った道とされています。明智光秀と対峙した天王山はもうすぐです。
 そんな太閤道のいくつかある見晴らし台のうち、島本町内にある見晴らし台を第一候補にしていました。ところが、三川合流を眼下に東南方向には開けていますが、西側は山陰になっていました。びわ湖岸の綿向山から運用している局はよく聞こえましたが、全般的にはイマイチでした。
 丸太のイスやテーブルもあるので、ここでパスタをつくりました。

 最初にトランシーバーの電源を入れたのは、雨乞い岩です。関西電力の鉄塔の下で、東から南、西へと開けています。太閤道から外れているので、歩いているハイカーもほとんどいません。
 あちこちの局が入感しました。生駒山山頂、交野・旗振山、貝塚のなんとかいう山、六甲・・・。あちこちの山に登って電波を発射している局が聞こえました。絶好地でした。
 わたしがJA3UWSを復活させたときには、、「太閤道・雨乞い岩から移動運用しています」とここに来てコールしようと決めました。

続きを読む 雨乞い岩から太閤道 アマ無線の移動地を探す

「JA3UWS 復活プロジェクト」が始動

 2022年とともに、わたしの「JA3UWS 復活プロジェクト」が始動しました。
 JA3UWSとは、わたしが半世紀も昔の高校ー大学時代に取得したアマチュア無線局(ハム)のコールサインです。同じコールサインを再取得して、アマ無線にアナログ回帰しようという試みです。
 その第一歩として、144/440MHz帯用のトランシーバー(送受信機)を購入しました。手のひらに収まる小さな機体です。八重洲無線という、当時は高嶺(値)の花だったメーカー製ですが、諭吉さん2人でお釣りがきました。

 当時のQSLカード(交信相手局と交わす名刺のようなもの)も出てきました。左は、わたしが所属したJA3YBQ(京都府立洛北高校アマチュア無線クラブ)が、JA3UWSとの交信記録として発行したものです。

 アマ無線局を開局するには、2つの免許が必要です。運転免許証と車検証のようなものです。自動車がトランシーバーです。
 無線従事者免許証は、当時の電話級、電信級の2つをもっています。期限はなく、終身有効です。免許制度が変わり、現在はそれぞれが4級、3級相当となっています。
 もう一つの局免許は、これから申請の準備にかかります。

 CQ誌というアマ無線の愛読雑誌です。半世紀ぶりに購入しました。特集は「カムバックの勧め」でした。

 ポンポン山の頂上では、寒風の下、アマ無線を楽しんでいるハイカーがいました。わたしも同じことがしたくなりました。
 集合住宅(マンション)住まいの身には、アマ無線のアンテナを立てるのが困難という大障害があります。山の上は、好立地です。

 その日を待ちわびるように、アンテナの製作にとりかかりました。
 6エレメント八木アンテナです。ネットを検索すれば、製作記事はすぐに見つかります。
 日参している近くのコーナンに行き、材料のアルミや真鍮のパイプなんかを買ってきました。

 パイプを既定の長さに切断しました。

 電設用のモールに、計算された間隔でエレメント(パイプ)を固定しました。

 写真撮影用の3脚に固定しました。ケーブルがないので、まだ使用できません。
 春には、暖かなポンポン山の頂上で半世紀ぶりの交信を楽しみたいと思っています。

ことしの食べ初めです。

 あけましておめでとうございます。ことしも「『どたぐつ』をはいて・・・」をよろしくお願いします。

 ことしのローストビーフも大成功でした。

 こちらが初仕事です。

 わが家の雑煮は京風で、丸餅、白味噌仕立てです。

 夫婦と、新型コロナもちょっと落ち着いていたので横浜から帰省した息子夫婦、孫娘の5人でいただきました。おいしくいただけたことを感謝します。