My memory 駅 ユングフラウヨッホは雪の中

 Top of Europe、ヨーロッパで一番高所にある鉄道駅、ユングフラウヨッホにやってきました。アルプスの山々や、眼下に流れ落ちるグレッチャー氷河が見渡せるはずでした。
 期待に反して生憎の空模様。眼の前にそびえるスフィンクス展望台ですら雪に霞んでいました。
 

 ただただ寒さに震え、足跡を記しただけでした。

Top of Europe に足跡

 クライネシャイデックから乗り継いだユングフラウ・バーンは、アイガーの山腹をぶち抜いた景色のないトンネルをひたすら登りました。

JB に乗って Jungfraujoch へ

 クライネシャイデックに戻ってきての昼飯は、目玉焼きでした。

21日のランチ Kleinesheideggの目玉焼き

京都・四条烏丸 「京町スタンド 若旦那」で軽く昼のみ

 「木製仁丹看板」を探して京都の町を歩きました。四条烏丸まで戻ってきて、遅い昼飯となりました。午後2時を大きく回って開いているランチはどこかないかとスマホで探しているうちに、もう営業している「京町スタンド 若旦那」がヒットしました。リアル若旦那もすぐに見つかりました。
 テーブルもありますが、独り者はカウンターでお立ちです。
 お薦めのサンマの刺身は売り切れとのことで、「お造り盛り合わせ」を奮発しました。

 「とりあえず生」で、ピクルスをつまみました。

 お次は揚げ出し豆腐です。揚げたての温かいのがうれしいシーズンです。

 ハッピーな角ハイボールを追加しました。

 隣のお嬢さんが独りで食べていた肉じゃががおいしそうだったので、わたしも。

 大きなジャガイモが柔らかくなってゴロンと。

 アルコール3杯、あて4品でお代は2400円とリーズナブルでした。

 さすがに日曜日の昼下がりとあって、広い店はゆったりとしていました。

 京町スタンド 若旦那
 075-353-1888
 京都市下京区綾小路高倉下ル綾材木町188-2

京都を歩く 「木製仁丹看板」を追って

 「木製仁丹看板」を追って、京都の町を歩きました。
 仁丹町名看板とか仁丹町名表示板とも呼びます。京都人なら、あれあれと、ご存知と思います。大阪に本社を置く「森下仁丹株式会社」が明治43(1910)年から広告も兼ねて町の辻々に掲げた町名表示板のことです。今も500枚以上が残っているそうです。白いホーロー(琺瑯)製 「木製仁丹看板」を追って、京都の町を歩きました。
 仁丹町名看板とか仁丹町名表示板とも呼びます。京都人なら、あれあれと、ご存知と思います。大阪に本社を置く「森下仁丹株式会社」が明治43(1910)年から広告も兼ねて町の辻々に掲げた町名表示板のことです。今も500枚以上が残っているそうです。
 白いホーロー(琺瑯)製の板に青字と赤いアクセント、カイゼル髭の紳士とお馴染みの看板の他に、もっと古くに設置された「木製」の看板もあることを知りました。
 ありました。四条烏丸近くの膏薬辻子(図子、こうやくずし)にある商家の上に「新釜座町」とかかっていました。小雨が降っていたので、レンズが水滴をかぶっていたのでしょう。画像が乱れています。

 2枚目は、古い商家の柱と同化しているような「東魚屋町」です。上部に仁丹と書かれているのが読み取れます。

 ホーロー製の仁丹看板にもバージョンがあります。
 仁丹のマークが上部にある方が古いのでしょう。中京区は現代風に左から、上京区は右から書かれ、区も旧字体です。

 鮮やかな看板もありました。「慈眼庵町」ですが、レプリカでした。

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My memory 駅 グリンデルワルト、アイガーは雲の中

 スイス・アルプスにそびえるアイガー、メンヒ、ユングフラウをベルナーオーバーラント三山と呼びます。
 麓の駅を3つ、巡ります。まずはアイガー北壁を見上げるグリンデルワルトです。

 ヴェンゲン・アルプ・バーン(WAB)のグリンデルワルト駅です。隣のホームには、インターラーケン・オスト間を往復するベルナー・オーバーラント鉄道(OB)が発着します。
 ここからWABでクライネシャイデックを経てヨーロッパ最高地点にある鉄道駅、ユングフラウ・ヨッホを目指しました。
 現在は、クライネシャイデック近くまでロープウェーで登ることもできます。

WABでKleinesheideggに登る

 急勾配を登るラックレールの仕組みがよくわかりました。

急勾配を登るラック式鉄道のWAB

 グリンデルワルト滞在中はあまり天気が良くなく、アイガー北壁の全貌を堪能することはできませんでした。

感激のEiger北壁

ハイキング2 Bachalpsee は雲の中

My memory 特別編 よくも書いたものだ~「どたぐつ」をはいて⋯

 わたしのブログ『「どたぐつ」をはいて⋯』の右側に並んでいるメニューを下にくっていくと、カレンダーがあります。記事が投稿された日は灰色バックに白数字、投稿がなかった日は黒色バックとなっています。日付の上をクリックすると、その日の記事にジャンプします。
 で、そのカレンダーを戻っていくと7月24日からちょうど3ヵ月、92日間も無休で投稿し続けていたことがわかりました。
 「自分でつくる」と銘打ったパスタ昼飯や山歩きなど、毎日が記事にできるような変化に富んだ生活となるように心がけてきました。とはいえ、外食の機会も減り、書くことがない日も多くなりました。そんなすき間を埋めてくれたのが、My memoryシリーズです。ただただわたしの思い出を振り返っているだけのことですが、あんなこともあったとボケ防止のために記憶の整理に励んでいます。

 このブログは10個の記事で1ページの構成になっています。ブログの最下段には、そのページへジャンプするナビゲーション・メニューがあります。それが「701」となっています。
 計算するまでもなく700☓10=7000となります。この記事は701ページの3個目なので、合計すると7003となります。われながら驚くことに7000もの記事を垂れ流していたのです。

 わたしはブログを2005年に始めました。自宅サーバー(linux)を立ち上げて運用していたこともあります。それらのデータをすべて引き継いで、現在はレンタルサーバー上のWordPressで構築しています。
 最初の記事は、当時のホームページから移植した「どたぐつ3 on Mt.Fuji」です。2002年に学生時代からの「どたぐつ」の仲間と富士山に登った記録です。
 あれこれと振り返れる記録がこのブログ上に残っている幸せを感じています。

自分でつくる ピーマンとベーコンの和風パスタ

 おいしいピーマンをたくさんいただきました。パスタにしていただきました。
 オリーブオイルにニンニクの香りを出し、ベーコンとピーマン、シメジを炒めました。パスタとともに塩昆布も追加。だし醤油を垂らしました。
 最後に刻み海苔をトッピングしたので、ビジュアル的に塩昆布の存在感はありません。でも、よい仕事をしていました。

 シャッキとしたピーマンは好物です。

 「きょうもパスタ」とAIに聞いたら、鶏肉と梅干しの和風パスタ、「暗殺者のパスタ」、「貧乏人のパスタ」⋯と出てきました。暗殺者と貧乏人はつくったことがあります。わたしのクッキング歴までご存知なんでしょうか。

My memory 駅 プラハ本駅のバドワイザー

 チェコのプラハ本駅から急行でドイツのドレスデンに向かいました。乗車前に駅のフードコートで簡単に腹を満たしました。メニューが理解できたボロネーゼとバドワイザーです。
 1909年に完成した駅舎は、3階ドームや窓の装飾などにアール・ヌーボー様式がみられる堂々としたものでした。

 地下鉄駅もあり、近代的な新ターミナルビルがつながっています。

プラハ本駅と「food issimo!」のボロネーゼ

 チェコといえばビールです。食事の度に飲みました。
 バドワイザーは、700年の歴史を誇るチェコのビールです。その商標を後発の米国のアンハイザー・ブッシュ社が登録してしまい、いまやバドワイザーといえばそちらになってしまいました。

音楽、あるいはビール三昧の旅

 プラハといえば、はずせない観光スポットが旧市街広場の天文時計です。

プラハ おみやげは天文時計

My memory 駅 シャーフベルクシュピツッェは♬ドレミの歌の世界

 映画「サウンド・オブ・ミュージック」は、家庭教師のマリアが子どもたちと山の上で「ドレミの歌」を歌うシーンから始まります。その舞台となったのが、シャーフベルク(1783m)です。
 シャーフベルクバーン(登山鉄道)の頂上駅、シャーフベルクシュピツッェまで登ってきました。ヴォルフガング湖を眼下にする雄大な景色が広がっていました。

 麓の湖岸駅には、急勾配を登るためにタンクが傾いている真っ赤な蒸気機関車が待機していました。

シャーフベルク登山鉄道で ♬ドレミの歌の世界へ

 麓にある湖岸の町、サンクト・ヴォルフガングは2004年の旅でも訪れましたが、ツアーのため駆け足でした。登山鉄道に乗リたかった思いを、15年後にかなえました。
 1泊して、黄昏から昼下がりまで。美味しいものもいただきました。

黄昏のザンクト・ヴォルフガング

ザンクト・ヴォルフガングの昼下がり

My memory 駅 バルセロナ・サンツのモーニング

 聖地・サンティアゴ・デ・コンポステーラまで800キロを歩いた2回目のカミーノ巡礼は、バルセロナを経由してrenfe(スペイン国鉄)でスタート地のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーに向かいました。
 前日に関空からスキポール経由で空路、バルセロナに到着しました。安いホテルで1泊。まだ暗いうちにタクシーでバルセロナ・サンツ駅に乗り付けました。

 予約のALVIA(特急)には時間がありました。駅構内のカフェでモーニングセットを食べました。
 クロワッサンとコーヒー、それにスーモ・デ・ナランハ(生オレンジ・ジュース)のセットで4EURほどでした。
 この3点セットが、それから1ヵ月以上も続いた徒歩巡礼の朝の定番メニュとなりました。

バルセロナ・サンツ駅のモーニング

 近郊列車に混じって、マドリードやレオン、わたしが乗ったイルン・ビルバオ行きなどが発車。パリ行きのTGVもありました。

Paso a paso Dos プレ2=8/24 サン・ジャンで出発準備完了

雲ヶ畑山歩き俱楽部 60数年ぶりの狼峠から魚谷山

 京都北山の狼峠から魚谷山までを歩きました。雲ヶ畑山歩き俱楽部の例会に参加しました。魚谷山などのコースは、中学生だったときに歩いて以来、なんと60数年ぶりでした。
 当時は北山杉の運び出しに使われる木馬道(きんまみち)が縦横につながっている林業者にとっての「生活の山」でした。それが振り向かれる事もなくなり荒れるに任される状態になっていました。地図から消えているルートもあります。懐かしくもあり、ちょっぴり寂しいわたしの「故郷の山」でした。

 草木からからキノコ、文献を元にした峠のいわれまで、リーダーがあれこれと説明してくださりました。山を歩くだけではない、いろんな楽しみ方を教わりました。

 ハタケシメジをいっぱい収穫して土産にしたメンバーも。

 真っ赤に色づいている木もありました。

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