高槻 「ハミングバード」のハンバーグランチ

 高槻市内の耳鼻科へ。中耳炎は「たいぶ、腫れがひいてますね」と女医さん。気をよくしてジムで軽く汗を流し、「ハミングバード」で「ハンバーグランチ」(780円)をいただきました。肉が食べたくなったほどですから、正月以来の体調不良もほぼ終盤ということでしょう。
 ハンバーグは150㌘か300㌘かが選べますが、流石に150㌘で十分です。柔らかく、たっぷりの肉汁もおしいです。

 トッピングは、「大根おろし」です。ソースもポン酢でっさりとした和風です。
 前回は「明太子」でした。インスタ映えでは赤い明太子に負けています。

 コーヒーは頼みませんでしたが、それをつけても英世さんでお釣りがくる優しさです。

 ハミングバード
 072-685-3335
 高槻市上田辺町3-14

TANNOY再会(2) MonitorGOLDとご対面

 長引いた風邪の最後には、中耳炎になってしまいました。折角のTANNOYの音も、わたしの左耳の不調でうまく聞こえません。
 せめては目から確認しようと、初恋の君がまとっている服を脱がせました。
 スピーカーボックスの裏ブタを外すと、まぎれもないTANNOYのMonitorGOLDが姿を表しました。磁気回路のキャップが金色に塗装されているからGOLDです。

 裏ブタは10個の木ネジで固定されていました。Sフックを差し込んで引っ張ると、外れました。

 デュアルコンセントリックとは、同軸2ウェイ・スピーカーのTANNOYの呼び名です。ウーハー(低音部)の中心にツイーター(高音部)が配置されていて、音の位相が完全に一致するように作られているのが特徴です。
 TANNOYはわたしが生まれる以前の1948年からこの形式のスピーカーを作り続け、BLACK → SILVER → RED → GOLD → HPDとモデルチェンジしてきました。
 わたしはかつて、HPD295という3LZの後継モデルをもっていて、国産の大きなボックスにいれて永年、愛用していました。11年前に、現用のDALIのRoyalTowerというスピーカーに買い替えて、一度はさようならをした経緯がありました。

 コーン紙もエッジもなかなかきれいで安心しました。

 誇らしげに「TANNOY ENGLAND」と刻印(?)されています。

 シリアルもボックス裏面のタグに手書きされていたの一致しました。
 ただし2つの数字はフォントが違います。「3」の違いが明確です。

 鋳型は同一だったようで、同じ個所に同じ格好の盛り上がり傷がついていました。

 プラグを外すと、真っ白に変色していました。メスと両方、さび落としが必要です。

 ネットワークが固定された裏蓋には、どういうわけか黒い鉛筆で線が引かれていました。防音材の下にもまっすぐに伸びているので、製造工程で防音材固定の目印にしたのでしょうか。それにしては、ありあわせの木片かなにかを定規にしたような、雑な線引きです。これもまた英国製ということでしょうか。

TANNOY再会(1) 初恋のⅢLZ 

 TANNOY(タンノイ)のスピーカー、ⅢLZがわが家にやって来ました。わたし自身へのお年玉といったところです。
 手に入れたのは、ⅢLZの2代目で、MonitorGOLDといスピカーユニットが内蔵されています。1967~74年の約7年間、英国・TANNOYで製造され、発売されていました。わたしがオーディオに興味を抱いた学生時代から新聞社に就職した時代とオーバーラップします。
 剣豪作家の五味康祐氏が「西方の音」として絶賛した同じタンノイのオートグラフを「女王」とすれば、こちらはその一族の末端に位置するエントリー機でした。それでも当時の初任給1カ月分が吹っ飛ぶほどで、ちょっと手の届かない「初恋の君」でした。
 半世紀が過ぎて、容姿はそれなりになってましたが、やっと手に入れた喜びに包まれました。 

 今でも人気機種で、中古オーディオ店では、発売当初の2倍はするような値札がついています。
 ヤフオク(ヤフー・オークション)で、リーズナブルなのが出品されていたので、思い切って落札しました。KLMでスペイン往復チケットが買えるほどでしたが、そちらの予定はいつになってもたたないので乗り換えました。
 飛脚便が運んできてくれました。2個で25キロほど。ズシリと重たいです。プチプチで厳重に梱包してありました。

 「ネットに破れ、箱に傷あり」ということでしたが、予想したほど悪い品ではありませんでした。憧れのⅢLZとの対面に、ホッとした瞬間でした。

 エンブレムは輝きを失っていますが、まぎれもなくTANNOYです。いずれは磨いて、化粧をし直します。
 恥ずかしながらブランドのバッグや装飾品を、これみよがしに持ち歩いているおネエさんとまったく同じ心境です。

 裏面です。高音部を調整する2つのつまみと、コネクターがついています。古いコネクターで、細いケーブルしかはさまりません。

 シリアル(製造番号)が手書きされたタグが無造作にステップルで留められています。マニアにとっては、本物の証明として貴重な一品です。

 ⅢLZは元来はスピーカーユニットの名前で、2代目のユニットのは正式名称はタグに書かれているように「LSU/HF/3LZG/8U」といいます。
 これをタンノイ製の密閉型キャビネットに収めたものが通称のⅢLZとして人気を得ました。英国製のオリジナルの箱に入っているのがいい音がするといわれています。

 肝心の音です。最初にLPでチャイコフスキーの弦楽セレナーデを音出ししたときは、スカのような音にびっくりしました。こんなはずではなかったと。でも何枚かLPを聴き続けていると、音がこなれてきました。これなら磨けばなんとかなりそうと、一安心しました。
 今後の課題は多いです。
 ・ネットワークに使われているコンデンサーの検査、交換
 ・サランネットの補修、清掃。場合によっては張替え
 ・箱の補修、再塗装
 ・スピーカー・スタンドの製作
 することはたくさんあります。時間をかけて、ゆっくりと初恋の君と付き合っていきます。

初登り 小楠公ゆかりの飯盛山

 正月から長引いていた風邪も、やっと治ってわたしにとっては今年の登り初めでした。
 いつもの山仲間と向かったのは大阪東部、生駒の北に連なる飯盛山(314.3m)です。FM放送の送信塔があることで、その名を知ってました。
 ここ数日の寒さはどこへやら。日差しが心地よい穏やかな1日でした。

 スタートは、野崎観音(慈眼寺)でした。「野崎詣り」で信者を集める有名な寺です。
  

 飯盛山の頂上には、小楠公と呼ばれる楠木正行(まさつら)の像が立っています。1348年の四条畷の戦いで足利方の高師直(こうのもろなお)に敗れ、自害した楠木正成の嫡子です。

 山道に、ドングリなどでつくった素敵な造形がさりげなく飾られていました。

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高槻 「58 Gonpachi」の58ナポリタンセット

 ことし初ジムで、軽く汗を流しました。まだ咳、痰が切れませんが、やっとここまで回復しました。
 昼飯も、久しぶりにこってりと。阪急高槻市駅前のナポリタン専門店で「58ナポリタンセット」(880円)にしました。
 ちょっと自分ではこんなソースはつくれない濃厚味です。それが太麺に絡みつきました。

 スープと自家製ゴロゴロ野菜の福じん漬けです。ポリポリとおいしいキュウリやニンジンです。

 58 Gonpachi(ゴンパチ高槻)
 080-5781-5858
 高槻市城北町1-1-7 1F

自分でつくる 寒い夜のグリューワイン

 寒い夜にはこれです。グリューワイン(ホットワイン)です。
 まだ体調は万全とはいえません。バーボン・ウイスキーも、年を明けてからは口にしていません。でも、そろそろ何か飲みたいです。
 風邪の引き際に最適といわれるグリューワインを、風邪の直りかけにいただきました。体がホカホカと温かくなりました。

 何に入れようかと食器棚をゴソゴソしていると、隅っこから出てきました。調べたら、大阪・新梅田シティで開かれた「ドイツクリスマスマーケット大阪2010」でゲットしたものでした。
 0.2Lのレベルが刻まれています。参考にしたレシピが2人分でワイン400mlとなっていたのがわかりました。

 赤ワインに砂糖、シナモンスティック、クローブ、レモンを入れて、沸騰寸前まで熱し、1時間ほど味をなじませました。
 飲む前に、もう一度、熱くしました。

 自宅近くのドラッグ・スーパーでアルパカ2本が960円台(税込み)でした。わたしが知る限りでは最安値の値札でした。

宇治 「三よしや」の青菜と辛葱の鶏なんば

 宇治平等院の参道に近い「京うどん 三よしや」です。車で走ってきて、赤信号でたまたま停車したのがこの店の前でした。おまけに隣のタイムパーキングが空いていたので、そのまま車を止めました。まだ洋食や中華を食べるほどの腹には戻ってないので、うどん続きですが京うどんの優しさにひかれました。
 その割には、頼んだ「青菜と辛葱の鶏なんば」(880円)には七味や山椒ではなくブラックペッパーが振られていて、ちょっとスパイシーでもありました。 

 鶏肉もゴロゴロと入っていました。プロのいい出汁です。

 名物という「天むす」も頼ました。1人1個です。炊き立てご飯にのりがおいしいです。隣の常連さんは、のりで覆われたおむすぶを頼んでましたが、それは正解かもしれません。

 奥さまが頼んだ「のっぺい」は、紅葉麩が浮かび芸術的な美しさでした。
 偶然、飛び込んで「大吉」を引き当てたように、出汁よし、麺よし、味もよしの三よしやでした。

 さすがに正月休みも終わって、平等院の参道も静かでした。観光シーズンとなればこちらも行列必至なのでしょう。

 三よしや
 0774-23-5958
 宇治市宇治妙楽4-10

初参り 宇治田原・猿丸神社と宇治・興聖寺

 体調もやっと回復したので、遅れてしまった初参りに出かけました。
 京都・宇治田原の山の中にある猿丸神社です。瘤(こぶ)取りの神「猿丸さん」として親しまれ、近年は「がん封じ」の神さまとしても信仰を集めています。
 調べてみると、わたしは2013年から毎年参っています。その前年の手術の前に、大津に住む義妹夫婦が参って、御守をもらってきてくれたのが縁です。おかげで、再発(再燃)もなく、7年目も元気に過ごすことができました。

 「木のこぶ」が並んでいます。瘤取りのお礼に奉納されたものです。参拝者はこれを自分の体に押し当てて、ご利益があることを願います。

 本殿の前には、石造の猿が鎮座しています。
 今年も厄除けの笹をいただきました。

 お茶所に入ると、薪が赤い炎を上げています。おしい煎茶をいただいて、温まりました。この辺りは宇治茶の産地です。

 「猿顔絵馬」が人気です。目鼻を自分で描きます。

 参道には、あちこちにツバキが咲き誇っていました。

 猿丸神社 
 京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷44
 0774-88-3782

 宇治田原から宇治川の天ケ瀬ダム近くに出て、平等院の横を走って対岸にある興聖寺にやって来ました。わが家の墓があります。
 年末の掃除にもやってこられなかったことを詫び、墓石をきれいにして新しい花を供えました。
 法堂にお参りに行くと、昨日、行われた「新年大般若祈祷法要(秋葉講)」の真っ赤な幟が掲げられたままになっていました。 

 法堂の正面まで進むと、よく目立つ場所に母親が願主となって奉納した幟(のぼり)が翻っていました。

 赤い幟で、いつもとは違った風景でした。

 興聖寺は、道元禅師が「曹洞宗初開道場」として開きました。

 興聖寺
 宇治市宇治山田27-1

自分でつくる 焼き餅と雲母漬

 まだ食欲は戻りません。昼飯は簡単にと、モチを焼きました。元日に食べたお雑煮以来ですが、たぶんこれが食い納めでしょう。
 適度に伸びる、おいしいモチです。こちらは自家製ではなく、生協の宅配です。

 箸休めは、いただきものの「雲母漬(きららづけ)」です。小茄子の白味噌漬けです。さっぱりとした口当たりです。

 トースターで焼きました。山食パンやクロワッサンと焼き方モードが選べますが、モチのマークはないので、200度に設定しました。
 6分を過ぎた辺りで、一気に膨らみ、あわてて電源をOFFにしました。
 砂糖醤油に浸し、ノリを巻き、もう一度、トースターに戻して軽くあぶりました。

 雲母漬の「雲母漬老舗 穂野出」は、京都・比叡山に登る雲母坂(きららざか)につながる一条寺の街道沿いにあります。比叡山の僧たちが、山に登る前にこの茶店で「みそ漬」を賞味したのが由来だそうです。
 昔から前を通ってよく知っている店ですが、雲母漬を食べたのは、実は初めてでした。

 雲母漬老舗 穂野出
 075-781-5023
 京都市左京区上一乗寺谷田町43

 

自分でつくる ことし初の「たぬき」

 ことしも自分でつくりました。「たぬき」です。京都ではこれ、きつねうどんにあんをかけたものです。熱々を食べると、一気に汗が噴き出しました。これで万全なはずです。
 散々な正月でした。孫娘が帰った2日午後から発熱、夜には39度を超えました。インフルエンザを疑いましたが、のども痛く、鼻水も出てどうもフツーの風邪のようでした。ただただ寝ていました。今朝になって、やっと平熱に戻っていました。当然のことながら、ずっと断酒が続いています。
 のどは相変わらず痛く、食欲もありません。きょうはスペイン料理を食べるのを楽しみにしていましたが、お断りしました。こたつに潜り込んで、テレビを見ながらノートパソコンを動かしています。

 「ジンジャーで元気!」。わたしの英会話の先生の口癖です。毎日、生姜を擦って水で割って飲んでいるそうです。冬でもTシャツ姿と、いたって元気です。見習わなくてはなりません。

 だしは、ボトルに昆布を入れて冷蔵庫に保存してある水(昆布だし)に「茅乃舎」(福岡・久原本家)の焼きあご入りのだしを1パック放り込みました。抜群のだしがでます。
 薄口しょうゆとミリン、塩で味を調えました。

 あんも、片栗粉ではなくて、「吉野本葛」(奈良・黒川本家)と凝りました。

 あとは、普通に冷凍されていた生協のうどんと、味付けして冷凍保存されていた揚げ、青ネギを刻みました。生姜もたっぷりと摺りました。