ポンポン山・竃ガ谷 満開のオオキツネノカミソリ

 ポンポン山の北の谷、竃ガ谷(かまがたに)のオオキツネノカミソリが満開との情報です。
 平日は、放射線治療でスケジューリングされています。出かけるならきょうかと、1週間ぶりにハンドルを握りました。
 咲いていました。オレンジの花がいっぱいです。満開です。

 つぼみも膨らんでいます。でも、もう数少ないです。

 和名は「大狐の剃刀」、洋名はリコリスです。
 キツネノカミソリの変種で、ヒガンバナ科ヒガンバナ属です。6弁の細い花弁と、長い雌しべが伸びています。

 カラスアゲハでしょうか。蜜を吸うのに余念がありません。

続きを読む ポンポン山・竃ガ谷 満開のオオキツネノカミソリ

京の三十三食 五番 新町 矢尾定の塩さば定食 

 治療を終えて病院前から乗った京都市バスは3系統でした。四条河原町で右折します。そのまま四条烏丸まで乗りました。行ってみたい店がありました。
 「ごはん処 矢尾定」です。新町通にあり、昼はサラリーマンらもやって来る定食屋さんです。頼んだのは、サラリーマン昼食の王道ともいうべき「塩さば定食」(900円)です。
 わたしもかつてはよく食べたものです。覚えているのは本社が大阪・桜橋にあったときに、大阪駅前第一ビル地下の夜は飲み屋の昼店で、おばちゃんがカウンターの向こうで焼いてくれたさばの味です。懐かしいです。  

 おろし大根とともにひと口つまんで、びっくりしました。ものすごい脂がジュワーッと口いっぱいに広がりました。これまで食べた中でもピカイチのさばでした。

 小鉢は、冬瓜とゴボウなど野菜の煮物でした。予想外に濃い味付けでした。

 ゆったりとした店内です。壁には祇園祭の山鉾の粽が飾られています。

 店の奥には、祇園祭の後祭で巡行する大船鉾の大きな木製の車輪が展示されています。

 いろんな魚が定食になっています。塩さばは、一番安価な選択でした。
 店の一番人気は、きょうはイカリングフライがメーンの「日替定食」(850円)でした。

 矢尾定は、明治42年に創業した京料理の仕出し屋です。築80年の京町家を丁寧に改装してごはん処をオープンさせました。

 祇園祭の鉾町の一角です。先日までは、ここそこに山鉾が立っていて、にぎわっていたところです。

 ごはん処 矢尾定
 075-351-3518
 京都市下京区新町綾小路上ル四条町361

 放射線治療は、きょうで1クール(5回)が無事に終了しました。会社勤め同様に土、日曜日は休みです。ほっとしました。

京の三十三食 四番 出町柳 名曲喫茶柳月堂の九条ねぎ焼き

 放射線治療は昼前には終わります。さて「京の三十三食」となるわけですが、きょうは午後3時から主治医の診察が予定されていました。この暑い中、どうして時間をつぶそうかー。
 出町柳の「柳月堂」を思いだしました。わたしが高校生だったころに、初めてはいった音楽喫茶です。今も健在です。
 1階のベーカリーでパンを2個買い、トレーを持ったまま2階のリスニングルームに上がりました。アイスコーヒーを注文して、ゆっくりといただきました。 

 九条ネギがトッピングされた「九条ねぎ焼き」(190円)と、もう1つは「ハムクロワッサン」(160円)と、極めてリーズナブルです。店で焼いています。

 飲み物には、テーブルチャージが加算されます。合計で1700円になりますが、2時間半もの間、冷房のよく効いた部屋でクラッシック音楽に浸れたのですから大満足です。

 30人くらいがゆったりと座れるリスニングルームです。入ったときは、わたし1人でした。
 この部屋は会話禁止です。他にも禁止事項は多く、要するに静かに音楽に集中します。

 壁面にはLPレコードがぎっしりと並んでいます。

 大きくて目をひくマルチ・セルラーホーンを中心としたスピーカーシステムです。
 ベルリオーズの「幻想交響曲」が流れていました。第3楽章冒頭のイングリッシュホルンとオーボエの音色に驚かされました。LPにこんな音が録音されていたのかと。途中に、プツリというスクラッチノイズがなかったら、生のオーケストラを聴いているかのようです。そして「断頭台への行進」の大爆発に続きました。
 2004年のザルツブルク音楽祭で、ウイーン・フィルの演奏する「幻想」を聴いたときの感動を思いだすほどでした。

 ターンテーブルが2台にマッキントッシュのアンプが並んでいました。

 談笑OKの別室もあります。

 ト音記号の暖簾から2階に上がります。

 1階がベーカリーです。
 叡山電車出町柳の目の前です。

 名曲喫茶柳月堂
 075-781-5162
 京都市左京区田中下柳町5-1 2F

 出町柳は賀茂川と高野川が合流して鴨川となるあたりの地名です。「鯖街道」の終着点でもあります。
 その川を歩いて渡れる亀の飛び石は、いまやランドマーク的存在です。
 ワンちゃんが飼い主を引っ張って水に飛び込みました。わたしも渡って病院に戻りました。

 子どもたちも水の中で気持ちよさそうです。

 今出川橋から見下ろしました。いつの時代からか、この辺りを「鴨川デルタ」と呼ぶようになりました。わたしが子どものころは、亀石もそんな呼び名もありませんでした。

京の三十三食 三番 三条 篠田屋の中華そば

 中華そばが食べたくなりました。ラーメンではありません。丼ものや麺類一式を並べていた町の食堂の中華そばです。
 三条京阪の前にある篠田屋です。創業は1904(明治37)年という「百年食堂」ですが、昭和で時をストップさせたような店です。
 頼んだのは「中華そば(大)」(650円)です。並だとあたり前に中華風の丼です。それでは小さ過ぎるのか、大は和風の丼です。ちょっと風情には欠けるかな。雰囲気を楽しむような店ではないですがね。

 澄んだ醤油味の懐かしさを感じさせるスープです。
 麺には、さしてこだわりはないのでしょう。柔らかいです。
 小ぶりのチャーシューとメンマ、それにネギが浮かんでいるだけです。
 最初から、たっぷりと胡椒が振りかけられています。

 一杯1,000円オーバーも出現しているこだわりのラーメンと比べて、価格までもがシンプルです。

 メニューは多いです。でも、客の注文はほぼ中華そばか皿盛の二択です。
 皿盛とはこんなものです。

 女性が独り、入ろうかと迷っているようでした。ちょっと勇気がいりますかね。

 目の前が東海道五十三次の終点です。

 篠田屋
 075-752-0296
 京都市東山区三条通大橋東入大橋町111

京の三十三食 二番 新京極 レストランスター京極店の「スター食堂のトルコライス」

 「スター食堂」といえば、京都で育った子どもにとっては、繁華街に輝く「食のスター」でした。今も「レストランスター京極店」という洋食店として、新京極錦にあります。
 店のイチオシという「スター食堂のトルコライス」(1078円)をいただきました。
 トルコライスは、ピラフ、パスタ、とんかつをワンプレートに盛った長崎発祥の「大人のお子様ランチ」とも呼ばれる料理です。各地にそのバリエーションが存在し、ここではオムライス、とんかつ、パスタの3種です。ガッツリ系も喜ばしそうな大盛りで登場しました。

 結構な分厚さのかつに続いて、ふんわりとしたオムライスです。
 たっぷりかかったドミグラスソースが、味の調和を図ってくれます。

 喫茶店の味を思い出させる、ちょっと伸びた懐かしいスパゲティ―です。

 大満足の口直しに「アイスコーヒー」(プラス198円)を追加しました。
 広い店内は、人数制限しているのかパラパラと空席がありました。出る時には「待ち」ができていました。

 大きなショーケースを彩るメニューの数々です。トルコライスは、上段中央でスターのような存在です。

 ショーケースの上には、さらに大きなオムライスです。
 半地下にある泡がおいしい「キリンシティ」は、何回もきたことがあります。

 テーブルカバーとして敷かれていたチラシの一部です。かつての「スター食堂京極店」です。懐かしい光景です。
 大正14年創業という、「京都洋食」の老舗です。

 新京極と錦が交わるところから振り返りました。右の2軒目がレストランスター京極店です。

 レストランスター京極店
 075-221-2555
 京都市中京区新京極通四条上ル中之町539

 錦を西に折れました。振り返ると、突き当りが錦天満宮です。その石の鳥居が両側のビルに食い込んでいます。鳥居の方が先に存在したのです。

 レストランスター京極店は寺町側にまで突き抜けていて、2階に通用口があります。
 その壁面には、寺町の由来が記されていました。

 寺町をちょっと上がった西側に、同じスター食堂が経営する「市場小路」などがはいる「With Youビル」があります。調べてみると、ここがスター食堂寺町総本店の跡地でした。
 わたしは、スター食堂は寺町にあったと記憶していましたが、それも正しかったのです。
 となれば、近くには「わらじのムラセ」があったはずです。わらじのように大きなカツで有名な店でした。もう、どこにあったのかはわかりません。

 「名物すき焼キムラ」は健在です。大学生のコンパ御用達のような店です。京都で学生生活を送ることができなかったわたしは、入ったことがありません。
 33日の巡礼の「結願」はここでもいいかなと、ふと思いました。

京の三十三食 一番 南座 松葉のにしんそば

 京都への通勤(通院)が始まりました。せめてもの楽しみは、新聞社勤務以来の外食です。わたしなりの三十三食を、西国三十三所巡礼になぞらえていきます。33回(33日)の放射線照射とともに完遂したいと思います。
 京都でも新型コロナウイルス感染症が爆発的に広がっています。行列のできる店や、感染症対策に不安を感じる店は敬遠して、京都育ちなのに行ったことがないといった店を巡ります。
 「発願の食」は、四条大橋たもとの南座角にある「総本家にしんそば 松葉」です。記憶の限りでは初入店です。
 「にしんそば(鰊しぐれごはん付)」(1925円)は、こんなきっかけでもなければ、味わうこともなかったでしょう。 

 京都のそばです。うどんもそうですが、ふにゃりと柔らかいです。それを出汁でいただきます。あたり前のようですが、その出汁が京の味です。昆布と鰹節からとられた雑味のない純粋なうまさです。
 ひと口すすると、薄味です。薬味のねぎをそえます。七味を振ります。ホロリと崩れるにしんからしみ出した脂が溶け込みます。お味は七変化します。

 甘さ控えめの分厚いにしんは、丼を横断するほどの大きさでした。
 さすがに暑かったです。汗をかきつつ出汁を飲みつくすと、お冷やを頼みました。

 ちょっと甘い鰊(にしん)しぐれが、温かいご飯いかけられています。漬物があれば、これだけで軽く一膳です。

 初めての味とはいえ、店頭のディスプレーからにしんそばのイメージは植え付けられていました。わが家で年越しそばをいただくときも、そばをにしんの中央にいく筋かをかけていました。
 ところが、きょうのそばは、にしんが尻尾だけを見せて、行儀よく並んだそばに隠れていました。

 いただいたしおりにヒントがありました。画像上は明治15年に二代目松野与三吉が発案したにしんそばです。にしんは埋まっています。下は「現在のにしんそば」です。ということは、現在からさらに先祖返りをしたということでしょうか。

 2階でいただきました。入店は一番乗りでした。やがてほぼ満席になりました。
 右下が四条通り、向こうが鴨川にかかる四条大橋です。

 古い暖簾や、祇園のきれいどころの団扇が飾られています。

 南座のすぐ横です。いつもは大勢の人だかりができています。

 南座では、「坂東玉三郎 特別舞踊公演」がかかっています。

 総本家にしんそば 松葉
 京都市東山区四条大橋東入ル川端町192
 075-561-1451

 肝心の放射線照射は、所要時間10分ほどで何事もなく終了しました。

京の三十三食 序にかえて 「ざるそば」とアルコールフリー・ビール

 一気に秋がやって来たかのような気持ちがよい風が吹き抜けます。きょうの昼飯は、ざるそばにしました。
 山芋もすりおろして、とろろそばにもしてみました。
 でも、きょうの主役は、アルコールフリーのビールの方なのです。

 遂にドクター・ストップがかかりました。といっても、肝臓がつぶれたわけではありません。1ヵ月半という期限付き「禁酒」です。
 本日より、晩酌もこちらになります。

 近くのスーパーへ買い出しに行きました。
 あるものです。すべてアルコールフリーで、アルコール0.00度です。
 順番に飲み比べて、その先のためにセレクトします。

 そばはいっしょに買ってきた「更科そば」でした。長野市のメーカーのようです。細めでさらっとした食べやすいそばでした。

 あすから京都の医大病院で33回(33日)の放射線照射を受けます。
 10年前に全摘手術したがんが、予想されたこととして再発しました。体のどこかに腫瘍ができているわけではなく、腫瘍マーカー値(PSA)上昇による判定です。「それほど深刻な事態とは思っていません」という医師の診断を信じたいです。
 それにしても9月中旬までの暑い日々、京都への通院に明け暮れます。さらに「禁酒」が追い打ちをかけます。成人して以来、これほどにも長期にわたるアルコール抜き生活は初めてです。

 バッグには、お守りが2つはいっています。ひとつは讃岐・金比羅宮の785段の石段を上った孫娘が、「じーじ、がんばってね」といただいてきてくれました。
 もう一方は、「がん封じ」にご霊験があるという京都・宇治田原の猿丸神社のものです。先日、参りました。

 猿丸神社は、「瘤とりの神 猿丸さん」として知られます。最初の手術の前に義妹夫婦が参って平癒を祈願してくれました。それ以来、わたしも年初めには欠かさずに参っています。
 再発まで10年もかかったのもご利益だと信じて、新たな「封じ」を祈願しました。
 *画像は一部を加工しています

 猿丸神社
 0744-88-3782
 京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷44

 
 
 

京都・宇治田原 リンデンバウムの「シェフのおすすめランチ」

 風鈴のお寺・正寿院から車で15分ほど走った、これまた山里にある「宇治田原の隠れ家レストラン リンデンバウム」です。「シェフのおすすめランチ」(1700円)をいただきました。
 京都国際会館のレストランなどで腕を磨かれたシェフの3品は、ハンバーグに肉、魚です。
 カツレツはわざとでしょうが黒くなるほど揚げてあります。ハンバーグも、チーズが入っているのかギュッと濃厚なお味です。
 魚はタイだったのでしょうか。後で聞こうと思っているうちに、忘れていました。

 コーンスープは、アサツキがアクセントなっていました。

 天然酵母のパンは、もっちりとしています。

 冷たいコーヒーでひと息つきました。

 デザートのアイスクリームが、あまいケーキにぴったりでした。

 古民家を改築しています。昔の2間にゆったりとテーブルが4つです。
 3卓が女性ばかり3人組でうまっていました。ということで、男女比は10:1の劣勢でした。

 古時計は時を刻んで、いません。

 ネットで調べて行ってみると、こんなに辺鄙な(失礼!)ロケーションにもかかわらずに、予想外の満席。「半時間待ってもらえれば」といことで、近くをブラブラしました。

 リンデンバウム
 0774-88-2647
 京都府綴喜郡宇治田原町湯屋谷西谷1

京都・宇治田原 正寿院の風鈴まつり

 「風鈴のお寺」として知られるようになった山里のお寺です。平日だというのに、SNS映えを狙ってカメラやスマホを構える参拝者でにぎわっていました。わたしもその一人としてズームと望遠のカメラ2台で、大忙しでした。
 「風鈴まつり」は、6月から9月中旬まで行われています。境内には2000を超える風鈴が風に揺れ、「チリン、チリン」と軽やかな音色を響かせています。ここだけは暑さを忘れた涼しい風が吹き抜けていました。 

 風鈴の音色をお聞きください。

 花手水にも風鈴が添えられています。

 手水鉢の足元にも。

 新しい客殿には、「猪目窓」という、ハートに見える窓もあります。菩提樹の葉を模しています。

 江戸時代に描かれた天井画の復興として、いろんな花や京都の景色などを描いた160枚の天井画がはめ込まれています。

約800年前に創建されたという高野山真言宗のお寺です。拝観できませんでしたが、鎌倉時代の仏師、快慶作の不動明王坐像(国指定重文)などもあります。

 正寿院
 0744-88-3601
 京都府綴喜郡宇治田原町奥山田川上49

自分でつくる 「いちまるとうふ」のとうふ丼

 「冷奴に!」と買ってあった地元・水無瀬のおいしいとうふ屋、いちまるとうふの「きぬとうふ」が残っています。となれば、とうふ丼でしょう。1ヵ月ほど前にも食べています。
 タモリさんの人気レシピでは、いぶりガッコを載せますが、そんなものは常備されていません。冷蔵庫にあったあれやこれやをぶっかけさながらに載せました。最後に鎌田のだし醤油をふりかけました。
 ぐじゃぐじゃに混ぜていただきます。淡白なとうふには、ちょっと濃い目の具が似合います。

炊き立てのご飯をとうふで覆います。

 これまた自分でつくったきゅうりのキューちゃん、残り物のキュウリとワカメの酢の物、青ネギのみじん切り、高菜の漬け物、温泉卵、納豆と用意しました。、

 温泉卵は専用のクッカーで作りました。熱湯を注いで規定時間、放置するだけです。でも長すぎたようで、固まってしまいました。たまに引っ張り出してくると、調子がつかめません。