聖ヤコブさまに抱きつく

サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂では、夜のミサが行われてました。昼間は大行列ができて大にぎわいだった祭壇の聖ヤコブの後ろには、わたししかいません。ゆっくりと、思いを込めて後ろから抱擁しました。

広い背中です。キリスト教徒ではないわたしにも、分け隔てはありません。

ここまでやって来れたんだという思いがこみ上げて来ました。目頭が熱くなりました。

大聖堂には、昼前に着きました。この時は、思ったほどの感動はありませんでしたが。曇天だつたせいもあります。

巡礼事務所で一時間半待ってコンポステーラ(巡礼証明書)と距離証明書をいただきました。

薄曇りの1日でした。夕方になって初めて沈む夕日が顔をのぞかせました。

800キロをこの足で歩ききった達成感、満足感は、じっくりと間を置いて訪れました。

昼も、夜も タパス三昧

今夜もマテ貝です。いくつ食べてもおいしいです。

小さなイカのフライ。たこすみで。

豆やベリー、チーズが載ってます。

キノコとタマゴの炒め物。

どんどん来ます。チーズのコロッケ。

もちろん、お相手はリオハワイン。

肉もたっぷり。

ま、一人ではこんなに頼めません。

ロンセスバリャス以来、よく顔をあわせたリタイア三人組とあきさんでつつきました。

昼もタパス。シシトウのようなトウガラシ。これが思ったほどには辛くなけて、肉厚でうまい。

昨夜も食べたシシャモ。きょうは焼いて。

アサリのワイン蒸し。ニンニクははいっておらず、あっさりと。

アサリ蒸し、カレー風味。このスープにパンをひたすとたまりません。

ああ、よく食べた。

my camino=36日目 神々しい道 

 聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂を初めて見下ろすことができるモンテ・ド・ゴゾ(歓喜の丘)に向けて歩き始めました。ゆっくりと出発しました。ゆっくりと歩きました。サンティアゴ・デ・コンポステーラまでは、もう20キロちょっとしか残ってませんでした。
 どうぞ、皆さん、お先に行ってください。わたしは、もう少し回り道、寄り道、わき見をして行きます。行き(死に)急ぐことはありませんでした。まだまだやりたいことはあります。
 霧の向こうに巡礼路が延びていました。神々しい朝でした。進むのがもったいない思いでした。
 最後となる朝食をとりました。カミーノに沿って広い庭が広がるバルです。顔なじみになったオランダ人のおっちゃん2人組もやってきました。思わず駆け寄って握手しました。「元気にここまでやってこれたね」と。
 最後となる休憩をとりました。前回の巡礼で泊まったラバコージャのホテル前のバルでした。シードラ(アップルワイン)を頼みました。心地よく喉をすべってゆきました。
 で、お前がカミーノを歩きたいと思った意味は見つかったのかい? 自問しましたが、頭の中は真っ白でした。何も答えはありませんでした。ここまでの長く苦しかった道のりを「行」として勤めたことはありませんでした。その報いでしょうか。せっかくここまで歩いてきたのに、悟りの境地に至るには、まだ入り口にも達していない思いでした。


 ¡¡paso a paso!! 一歩一歩進んでいると、やがてゴールは見えてきました。
 ラバコージャのバルからモンテ・ド・ゴソまでの道は、あっけないほど短かったです。わたしは再び、この丘に立っていました。
 つのる思いが過去のものになりつつありました。はるかサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから800キロ近くを独りで、この自分の足で歩いて来ました。その事実の重みがあればもう十分でした。

my camino=37日目 新しい肩書は「リタイアード」 

 なんて書けばいいのだろうか?と、一瞬、自問しました。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した朝は、大聖堂を横目にまずは巡礼者事務所へ向かいました。コンポステーラ(巡礼証明書)をいただくためでした。その日の午前中に、ここでコンポステーラを受け取った人は、正午から大聖堂で行われる巡礼者のためのミサでその出身国と出発地が読み上げられるのです。そのため朝から大勢のペルグリーノが事務所に詰めかけ、長い列ができていました。
 1時間半ほど待って、やっとわたしの順番が回ってきました。出発地のサンジャン・ピエ・ド・ポーから宿泊したアルベルゲや休憩したバル、町の教会などのスタンプが押されたクレデンシャル(巡礼証明書)を差し出しました。記入するように求められたノートには、出身国、名前、年齢、巡礼の目的などの項目が並んでました。そして「職業」も。
 わたしは60歳で新聞社を定年退職し、その後の6年は関連会社の役員をしていました。その後は職には就いていませんでした。日本人の感覚からすると、「無職」というのが、妥当なところなんでしょう。仮にわたしが新聞で取り上げられるような犯罪でも犯したら、わたしのいた新聞も「67歳の無職男」と表現したでしょう。
 で、その無職はどう書けばいいのかと、渡されたノートの前の方を見ると、「retired」という表記が何か所にもありました。ああ、これなんだと、ストーンと納得しました。わたしもはっきりと「retired」と書き込みました。
 リタイアード。強いて訳せば、「引退した人」とでもなるのでしょうか。いや、リタイアードでいいじゃないですか。少なくとも失業保険の給付対象となる自らの意思に反して職を失った無職ではありません。もう十分に勤め上げたうえでの「卒業」なんだという自己主張も含まれています。わたしの気持ちにぴったりとくる表現でした。
 サンティアゴ巡礼のゴールの日、わたしはこれから生きていくうえでの新しい肩書をいただいた思いでした。もっと思慮深い境地にでも達することができるのかと期待していた面もありましたが、実際のところはこれが、わたしの30数日の巡礼に対する贈り物だった気がします。

Paso a paso Dos 37日目=9/30 「夢」完遂のサンティアゴ大聖堂

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 サン・ジャン・ピエ・ド・ポーをスタートして37日目。サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の前に再び立つことができた。「もう一度、やってくるぞ。今度は800キロを歩いて」という3年前の誓いがかなった。

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 正午からの巡礼者のミサに参加した。

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 あとは食欲も満たした。ワインが腹にしみた。ああ、おいしい。サイコーの味だった。

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サンティアゴの夜を下見

長い巡礼の目的地、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂には、あす到着します。でも、すでにその足元まで来ています。

夕食は、さっそく町の下見を兼ねてタパスを食べに出かけました。

Navajad(ナッハス)といいます。マテ貝です。あまり格好の良いものではないです。むしろグロテスク。そんなのに限ってうまいんですよね。

たっぷりのオリーブオイルで炒めて、ニンニクとパセリがかかってます。レモンを絞っていただきます。ツルリとのどを滑ります。食感を楽しむ一品です。

輪ゴムでしばられて並んでます。

高知に出張した時に、食べたことがありました。

イワシかと頼んだ魚です。から揚げにして出てきました。バラバラな方向を向いてます。

子持ちのようです。シシャモに似た味です。

最初はすぐに出てくるハモン(生ハム)です。すっかり好きになった赤ワインでスタートしました。

お代わりは白ワインです。テースティングさせてくれました。

食べてみたい料理がズラリと並んでます。

窓からのぞき込む店内です。

A Taberna do Bispoは、3年前にもやって来ました。

歓喜の丘 あれがサンティアゴ!

モンテ・ド・ゴソ(歓喜の丘)までやって来ました。

初めて眼下にサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂を確認することができました。

丘の上に巡礼者の像が立ってます。

大聖堂の3本の尖塔がくっきりと見えます。

もう一度、この丘に立ちたいという、つのる思いがかなえられました。しかも、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから800キロも歩いて来ました。

神々しい朝です

神々しい朝です。足取りを遅くして、ゆっくりと歩きました。

そんなに急がなくても、サンティアゴ・デ・コンポステーラはもうすぐです。

あと20キロを切りました。

わたしの道です。立ち止まり、わき見をし、みんなに追い越されるのを楽しみながら、残りわずかな時を過ごしました。

Paso a paso Dos 36日目=9/29 歓喜の丘に立つ

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 聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂を初めて見下ろすことができるモンテ・ド・ゴゾ(歓喜の丘)に向けて歩き始めた。サンティアゴまででももう20kmを切っていた。ゆっくりと歩いた。

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 「SANTIAGO」の文字が刻まれた石碑。もうすぐだ。

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 モンテ・ド・ゴソに着いた。5kmほど先には大聖堂の3本の尖塔が見えた。遂にここまで歩いてきた。感動の瞬間だった。

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残りわずかな巡礼道

巡礼道も残りわずかになってしまいました。愛おしみながら歩きました。

クリを拾いながら歩いている巡礼者もいました。焼き栗にでもするのでしょうか。

まるで井戸で洗って食えとばかりに。

誰も拾わないので。

1つ、お飾りに。

フクシアですか。

知らん。

夜露を溜めて。