お彼岸です。宇治の興聖寺に墓参りに出かけました。独りだったので、車を寺の駐車場に置いたまま、裏山の朝日山に登りました。
いました。お目当てのヤマガラが。切り株に餌として用意してきた落花生をばらまくと、すぐに飛んできました。
大きな(ヤマガラに対して)落花生をくわえて、ご満悦です。
いっしょにばらまいたパンくずは、お好みではなかったようです。
タッチ・アンド・ゴーは一瞬です。
落花生ばかりが狙われます。
落花生はないの? ヒマワリの種でガマン!です。
お彼岸です。宇治の興聖寺に墓参りに出かけました。独りだったので、車を寺の駐車場に置いたまま、裏山の朝日山に登りました。
いました。お目当てのヤマガラが。切り株に餌として用意してきた落花生をばらまくと、すぐに飛んできました。
大きな(ヤマガラに対して)落花生をくわえて、ご満悦です。
いっしょにばらまいたパンくずは、お好みではなかったようです。
タッチ・アンド・ゴーは一瞬です。
落花生ばかりが狙われます。
落花生はないの? ヒマワリの種でガマン!です。
山友から急なお誘いでした。「花を愛で神蔵寺から朝日山へ」に行きませんかと。
2週間ほど前に神蔵寺に参って、スプリング・エフェメラル(春の妖精)の撮影はしていました。でも朝日山にも登るのならとご一緒しました。
初めて登った朝日山(441.7m)でポーズです。春到来を実感させる日和の中、ふかふかの足に優しい枯れ葉の道をピストンしました。
「おかわり」で、近くの西山のピークもゲットしました。
早くもニリンソウの一番花が咲いていました。朝はつぼみが膨らむ程度だったのに、朝日山からの下山後は、パッチリと開いていました。
キクザキイチゲも暖かな日を浴びて、精一杯開いていました、
久しぶりの登山でしたが、なんとか皆さんについて行くことができました。
いつもピンクが可愛いTちゃんは、先日の六甲全山縦走41Kmをたったの11時間で歩き通した「強者」です。
久しぶりに天王山に登りました。秀吉と光秀の天下分け目の戦いの舞台ですが、お目当てはミツマタ(三椏)の開花でした。
ミツマタ・ロードは、暖かな日和に満開近しを思わせる咲きぶりでした。
わたしは鼻があまりよくないので、甘い芳香に酔うほどには楽しめませんでした。それでも黄色の頭花をもつ白い花が球状に集まっている様をカメラで追いました。
アカタテハは、近くには飛んで来てくれませんでした。
黄色い球状に満開となった花もありました。枝が3つに分かれて、その先に花が咲くからミツマタです。
京都の町を東西に貫く三条通は、東は山科区四宮から西は右京区の嵐山(渡月橋)に至ります。平安京の三条大路だった中心部の区間は、碁盤の目に沿って真っすぐですが、その両端は曲がっています。
ここ数日の寒さが和らいだ一日、渡月橋から東を向いて歩きました。
西大路三条までは、嵐電(京福電鉄嵐山本線)と併行します。広隆寺の前の併用軌道を京紫カラーの電車が走り抜けました。
嵐電の駅名は、難読地名のオンパレードです。
西から鹿王院、車折神社、有栖川、帷子ノ辻、太秦、蚕ノ社、西院。
答は、ろくおういん、くるまざきじんじゃ、ありすがわ、かたびらのつじ、うずまさ、かいこのやしろ、さい(阪急は「さいいん」)。
烏丸-河原町間は、明治時代のメーンストリートでした。名建築が残っています。
日本銀行京都支店は、京都文化博物館になっています。
三条大橋の西畔には「弥二さん喜多さん」の像が立っています。お江戸から上ってきた東海道五十三次のゴールでした。
わたしもここまでとしました。
京都の町を南北に貫く一番長い通り、油小路(あぶらのこうじ)を北の端から京都駅まで歩きました。
平安京にの昔からある道ですが、ネーミングの由来はわかりません。たまたまですが油屋がありました。鍾馗(しょうき)さんも並んでいます。
この通りの町家では、あちこちで鍾馗さんと出会えます。
鍾馗は中国の民間伝承に伝わる道教系の神です。日本では魔よけの効験があるとされ、この辺りでは屋根の上に載せています。
スペインのサンティアゴ巡礼路を歩いたことがある4人で、奈良・山の辺の道を歩きました。
6年前に同じグループで、JR大阪環状線に沿って歩いたことがあります。そのときご一緒したスイス在住の女性が久しぶりに帰国されました。
三輪から天理まで14キロほど。この日だけ春がやってきたような暖かな日差しを浴びて、のんびりとカミーノ談義を楽しみながらのウォーキングでした。
わたしは餅と茹で小豆、バーナーをもっていきました。もぐもぐタイムに温かくて甘いぜんざいを喜んでもらえたようです。
ことしもまた、ポンポン山の福寿草(フクジュソウ)に会いにいきました。
咲いてました!! 久しぶりに晴れましたが気温が上がらず、期待したほどには開いていませんでした。それでも満開近しで、大きく咲いた花弁をレンズに収めました。
2月の初めから咲いていました。タイミングがあわず、やっとポンポン山のルーティーンを果たすことができました。
太陽に向けたパラボラアンテナのような姿はありませんでいた。
気温が10度を超えないと、いっぱいには開かないそうです。
ネコノメソウが咲いています。
スミレが一輪だけ咲いていました。葵の葉に似ているところから葵菫(アオイスミレ)のようです。
こちらは青繁縷(アオハコベ)というそうです。
誘われて2日続きの山行となりました。こんなこと、初めてです。
河内の「かしわら水仙郷」で咲き乱れる水仙(スイセン)を、カメラで追いました。盛りはちょっと過ぎたような感じでした。空模様もどんよりとしていました。それでもアチラ、コチラとシャッターを押しまくりました。
高尾山の山頂で、きょうのメンバーでパチリ。Iちゃんとは、昨秋の立山以来でした。あとの2人は、昨日から引き続きです。
お楽しみメーンは、きょうも食べて飲むこと。
早めの下山後は、鶴橋の鶴一に直行して、おいしい焼き肉をほおばりました。ああ、きょうもサイコーの1日でした。
山友が、「山飲み会」と称して山に登るより飲むのがメーンのような山行をしています。楽しそうと加えてもらい、2月例会の箕面・六個山から池田・五月山まで歩きました。
下山後はJR川西駅前の居酒屋に直行しました。ジョッキが次々と空になり、料理があれこれと出てきました。山を歩いていた時間より、こちらに座っていた方が長いような腹一杯に満足の1日でした。
「京都を歩く」はシリーズを重ね、テーマを見つけるのが大変です。そんな折、山友が「京都サークル・ウォーク」をしていました。碁盤の町を丸く歩いて、地図上の軌跡がサークルになったというユニークは発想でした。
地図にコンパスで円を描きました。二条城を中心とした円周には、京都駅、円山公園、平安神宮、下鴨神社、大徳寺、金閣寺と並びました。
わたしもマネして歩きました。とはいえ1周25キロほどの西半円です。西端の蚕ノ社(かいこのやしろ)には、全国にここだけという3本柱の鳥居がとがってました。
地図を何枚にも分けてプリントアウトして、円周に沿った道をマークしました。この地図を片手に歩きました。
スタートは京都駅です。「京都・梅小路 トリビアさんぽ」というモニュメントがありました。
鉄道と京都水族館にまつわる造形が次々に設置されています。
朝から何の行列かと思ったら、レンタルサイクル店でした。
トロッコ列車や新幹線とモニュメントは続きます。
きれいに整備された梅小路公園に入ります。
白梅、紅梅と梅が満開です。
梅の向こうをJR京都線の電車が走り抜けます。
走る人、散歩する人とすれ違います。
最後のモニュメントは、梅小路機関車庫の転車台を模していました。
京都鉄道博物館にはSLのC62や0系新幹線などが並んでいます。
使われなくなったデルタ線の高架が残っています。
デルタ線とは三角形状に敷設された鉄道線路のことです。分岐の先で折り返すことで、長い列車が編成ごと向きを変えることができます。京都-丹波口-西大路間がデルタになっていました。
かわり映えしない町を、右に左に曲がりながら歩きました。
西大路七条まできて、2枚目の地図にバトンタッチしました。
西小路花屋町の1本北にわたしの車のディーラーがありました。
五条通の手前で阪急京都線の高架にぶつかりました。
五条通の先は西京極競技場です。
天神川通を北上します。
三条通と交差する手前を嵐電が通過しました。
嵐電天神川にクラシックな電車が到着します。
蚕養神社(蚕ノ社)に参っていきます。
本殿の左に三柱鳥居があります。
JR嵯峨野線を花園近くで越えて歩きました。左手が双ヶ岡(ならびがおか)です。
妙心寺の北門に出ました。
嵐電北野線の龍安寺です。
立命館大学の衣笠キャンパスにブチ当たりました。
この辺りで、地図を手に走っているランナーとたくさん出会いました。トレランかなにかの大会でも開かれていたのでしょう。
広いキャンパスの中で迷子になりそうでした。スマホのGPSマップで現在地を確認しました。
金閣寺はきょうも外国人観光客らでにぎわっていました。
市バスの金閣寺道でゴールとしました。
赤線がこれまでの「京都を歩く」で踏破したルートです。紫はきょうの軌跡です。ほぼ半円になっていました。